『色とりどりの世界』34.言葉より雄弁な
公開はしていませんでしたが、続きもあるので一応のせてみます。
正式版の『色とりどりの世界』とは力関係が結構違っています。
突然月草が胸を押さえて倒れこんだ。
蒼白な顔で苦しそうに体を縮めて震える。
さっきから様子のおかしかった月草に事情を聞こうにもこの状態では無理だ。……当たり前だ。
空回りする思考を無理やり押さえつけて月草を見る。
いきなり心臓発作を起こしたのでもないかぎり、原因はバチバチと青白い火花を散らすそれしか考えられない。
月草が強く握り締めているシャツのボタンを下から外すと、ちょうど心臓の上あたりに青く輝く元凶が見えた。
さっき月草に握られたせいでまだしびれたままの左手が使いにくくてイライラする。
「お前後でちゃんと説明しろよ!」
深く考えず直感で、火花を散らす元凶を取り除こうと口をつけた。
傷口から毒を吸い出すように吸い上げれば、火花が口内で爆ぜて鋭い痛みと鉄臭い味が広がる。
「痛ってえな!いいからコイツ返せよ!」
口のなかにあふれる血を吐き捨てて、再び青く光る刻印を吸い上げる。あいかわらずバチバチと口内で暴れる火花が突然、ぱたりと消え失せた。
同時に苦しみにうめいていた月草も、力を失ってぐったりと床の上にのびる。
「おい!……ぐっ、がはっ!」
死んでねえだろうなと続けようとして、口のなかの血に盛大にむせた。
息を吸い込もうとして、のどの奥に大量の血が流れ込む。吐き出そうにも次から次に流れ込む液体は空気を届けてはくれない。
……ヤベえこれ死ぬんじゃね?
思った瞬間、
「流れ出る血潮を防ぎ留めよ」
月草の声とともに、のどの奥に流れ込む血が止まった。
「吐いてください!」
せっぱつまった声とともに背中を思いっきり叩かれる。
衝撃で、詰まっていた血が口から飛び出す。
今度はいきなり流れ込む空気にむせて、けんけんと変な音の出るせきを繰り返すはめになった。
「…………死ぬかと思った……」
手首も背中も痛いし口の中まで痛い。今日は踏んだり蹴ったりだな。
床の上に座り込んだまま大きくため息をつくと、
「申し訳ありません……」
ガチヘコみしている月草が土下座してきた。
「……とりあえず顔上げろよ。お前はもう平気なのか?」
「大丈夫です。あなたにこんな怪我をさせるなんて……本当に申し訳ありません……」
「いいから顔上げろって。とりあえず説明」
「はい……」
のろのろと体を起こした月草が、目を合わせずに話し始める。
「完全誓言のペナルティーがどのタイミングで出るかを確認したかったんです。
それと……あなたにオレの本気を知ってもらおうと思っていました」
「……本気ってなに?」
「どれだけ好意を伝えても気づいてもらえないので、完全誓言をすればわかってもらえるかと。
命をかける完全誓言は色付きにとっては言葉より雄弁な、何より間違いのない手段ですから」
月草の手がのびてきて、おれの指先をそっと握る。
「オレはあなたになら命もかけられます。だからどうか、オレのことを恋愛対象として見てもらえませんか。オレが色付きだからという理由で対象外にしないでください」
指先を握られた手がゆっくりと持ち上げられ、中指の一番出っ張った関節にキスをされる。
「へあっ!」
びっくりしすぎて変な声が出た。え、ちょっと待て。こいつ好きなやついないのかなって思ってたけどまさか。
「……おれぇ!?」
そもそも群衆と色付きだし。あと男同士だぞ。
まあ群衆は子ども生むやつのほうが少数派だし、恋人だって気の合う特定のいちゃいちゃできる相手くらいの意味合いだから男同士、女同士のパートナーも普通にいるけどさ。
だけど色付きは子ども生まないと増えないんだから男同士ってまずいんじゃねえの?っていうかなんでおれ?
「うえぇぇぇ?」
……ちょっと待て。頭の中がとっちらかってうまく考えられない。
パニクって月草を見たら、こぼれ落ちそうに目を丸くしておれをまじまじと見ている。
「やっと意識してもらえました……」
「おいこら見んな!」
わけがわからなくなって逃げようとしてるのに、月草につかまれたままの手が全然振りほどけない。顔が熱い。なんだこれ。
「落ち着いてください。……本当に今までまったく意識されてなかったんですね……」
「するわけないだろ!群衆と色付きだぞ?そもそも好きになられる覚えもない」
「あなたみたいに頼りがいがあって格好いい人、好きにならないわけがないでしょう。困っていた時に颯爽と駆けつけて助けてくれたあの日から、オレはあなたしか見えていません」
「ちょっ、ちょっと待て。あんなん誰だって……」
「あなただからです。あなたでなければこれほど好きになることはありません」
言いながらするりと指の間に月草の指が絡んできて両手を捕獲された。
「オレの気持ちを疑わないでください」
「ちょっ……本当に待って……」
途方にくれてつぶやいたら、思いのほか頼りない声になった。
月草が近づいてきて、おれの額に月草の額がこつんとぶつかる。
「待てというならいつまでだって待ちます。どうかオレをあなたの恋人にしてください」
焦点が合わないほど近くにある瞳がきらきらしていて、そのまま捕食されそうだ。
「……ちょっと、考えさせて」
そう言うのが精一杯だった。
「いいお返事お待ちしています」
月草は見たこともない笑顔で言う。
「……それでさきほどの実験の結果なんですけど」
いきなり仕事のテンションに戻るから頭がついていかない。
「とりあえず仕切りなおしさせろよ!あと離れろ!」
「あなたがそう言うのなら」
案外すんなり離れた月草にほっとしつつ、頭を切り替える。
仕事仕事。とりあえず仕事だ。