『色とりどりの世界』32.自販機
同時に書いていた黄樹と妻紅の影響で月草の精神状態が不安定になっています。
「今日は本当に参りました……」
「どうした?」
小さなぐちに対しても返事が返ってくる心地よさに酔いながら、つい先ほどのことを話す。
「昨日少し、次代と彼女の様子がおかしかったので話をしてきたんです。そこで次代の完全誓言なんて信じられないと言われてしまいまして。……完全に次代の自業自得とはいえ、一切フォローができなかったんですよ」
従者としてはフォローするべき場面だったのに、彼女の言葉にうっかり納得してしまった。
「その上、群衆なんて色付きにとっては自販機と同じだなんて言われまして」
「なんで自販機?」
「たしか……あれば便利、なければ不便。わさわざ壊そうとは思わないけれど、壊れてもいつの間にかそこにある。特定の自販機でないと嫌だという人はいない……でしたか」
「ああなるほどな。あいつうまいこと言うな」
不快の感情もなく納得した様子の彼に、ちりっと胸の中が焦げ臭くなる。
「そんなことオレは思っていませんよ」
「だけど実際そんなもんだろ。おれらは代えのきく存在だからな」
書類をさばきながら当たり前のように言う彼に、胸の中の焦げ臭さがじわじわと広がっていく。
「違います!オレはあなたのことを代えがきくなんて思ったことはありません。
……オレはあなたが好きなんです」
「おう。ありがとな。そこまで評価してくれて嬉しいぜ」
にかっと笑って、書類に戻る。
もう彼の頭の中は仕事でいっぱいだろう。
頼りになる部下ができて嬉しいはずなのに、焦げ臭い感情が広がるのをとめられない。
……オレはかなりわかりやすく好意を示していると思う。
あなたが好きだとストレートな告白をしたのも一度や二度ではない。
けれど彼はそれに一切気づかない。
鈍いわけでもなく、気づかないふりをしているのでもなく、自分がそういう対象になるとまったく思っていないのだ。
嫌われているなら仕方ない。断られるなら諦めもつく。けれどオレが色付きだからという理由で好意すら届かないのは、つらい。
彼は群衆と色付きの間に明確に線を引いている。
……色付きと群衆は違う生き物だから?
手を伸ばせば触れられるのに。話をすれば意思を交わせるのに。
そんなことがどれほどの問題だというのだろう。
「あ、やべっ」
彼が書類で指を切った。みるみる盛り上がる赤い血に、ふと魔がさした。
「ちょっと実験に協力してもらえませんか?」
気づけばそう口にしていた。