一章1
なんだここは――志摩いつきは見慣れない商店街のような場所に呆然と立っていた。
とりあえず己の姿をみてみるも先ほどまであったはずの鞄も、手にしていたスマートフォンも彼の手にはなかった。
――俺はたしか会社に行く途中で、横断歩道を渡ろうとしてクラクションが聞こえてそれで、それで――どうなったんだっけ?
周りを見てもほどほどに賑わいのある店が並ぶばかりで人々は立ちすくむいつきを避けて歩いていく。八百屋の陳列棚からリンゴが落ちた。
「死んだんだ」
その言葉はすとんと彼の胸に落ちじわじわと広がっていった。
志摩いつきは26歳の会社員で気だるい日々過ごしていた。会社はブラック企業でもなく上司や同僚ともそれなりにうまくやっていたほうだ。恋人はいなかったのだが。
だが彼は一種の深い帰巣本能のようなもの
を抱えていた。帰巣本能といってもほかの動物のように巣――つまり家に本能のままに帰るのではない。
家にいても「こことは違うどこかへ帰りたい」――そんな願望が一人でいると湧き上がってくるのだ。彼のこの体の芯が熱くなるような願望は年々強くなっていた。
そして彼は現在見たことのない土地にいる。しかもトラックに轢かれて――
「これは異世界転移なるものでは?」
彼は呟いた。