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500年後のアジフライ弁当

A男は仕事の帰り道、行きつけのコンビニエンスストアに入り、夕食にアジフライ弁当を選んだ。


アジフライと米が弁当箱の4分の3を占めている、シンプルな弁当だ。


彼が言うには、ただなんとなく食べたかったかららしい。


家に帰ると、愛猫のタマが彼を出迎えた。


彼女も彼と同様、ひどく腹を空かしているようで、すぐに餌の入っている箪笥の前に立ち、A男をじっと見つめている。


彼は自分の分より先にタマの夕食を用意した。


彼女自身が意図せずして彼の空腹を忘れさせたからだ。


しかし、実のところ彼女は食べ物を必要としない。


それどころか空腹すら覚えていないかもしれない。


尻尾の少し下にある小さな穴に、数時間コンセントを繋げればそれで一週間は行動できるのだ。


彼は、彼女の毎年生え変わる毛や、怪我をした時の血糊に騙され、いそいそと意味のない奉仕を捧げてきたことになる。


タマはありもしない野生の本能を取り戻したように、飼い主に感謝もせず煮干しにがっついた。


数分あれば感謝の言葉をインストールできたが、それをしない彼女を責める者はいなかった。


彼女をロボットと知っているのは、一般市民が想像もつかないような上流階級だけなのだ。


冷蔵庫からビールを取って戻って来たA男は、その姿を自分の子供を見るような目で眺めていると、また日頃の疲れが抜けていくのを感じた。


だが、弁当の蓋を開け、付け合せの野菜を口に運ぶ頃には、また別の不安が頭をもたげる。


タマを飼い始めてもう10年経つ。


見た目は彼もびっくりするほど変わっていなかったが、一般的に言われる猫の寿命が近いことはわかっていた。


彼は、メンテナンスを怠らなければタマがあと100年はもつことを知らなかったのだ。


この、猫を飼う者なら誰もが覚えるであろう不安を癒したのは、タマがロボットであるという事実でも、冷たいビールでもなく、彼を見る彼女の目だった。


あのガラスでできた美しい目だ。


彼の不安をわかっているのか、目の前の皿にはまだ煮干しの群れがいるのに、ただじっと彼を見つめている。


彼も最大の愛情を込めて微笑み返す。


すると、彼女の表情にどこか違和感があることに気づいた。


視線の先がどうも自分ではないようなのだ。


不思議に思った次の瞬間、弁当からアジフライがポンと飛び出した。


もちろん彼には理解できなかった。


テーブルの上を跳ね回るアジフライをただ呆然と眺めていることしかできない。


だが、なにも不思議なことはない。


彼がタマを生きていると思い込んでいるように、このアジを捕獲した漁師も、捌いたバイトも、タンパク質でできた普通のアジと思い込んでいたのだ。


だが彼らは細胞一つ一つが機械のようなものであり、体の一部だけでも動くことができた。


今、いきなりこのアジフライが動き出したのは、近くに美味しそうなコンセントの穴が見えたからだろう。


ピョンピョンと床を跳ねるアジフライに、タマのプログラミングされた本能が働いた。


文字通り反射的に体が動く。


彼女がその肉に噛み付いた瞬間、互換性のない電流が体に流れ、ショートした。


彼女が元々生きているとすれば、たった今死んだと言えるだろう。


部屋の時が止まったように、動くものも音を出すものもなくなった。


理解の追いつかないA男は、なんとか酒のせいにしようとしたが、350mlの缶の中身はまだ半分も減っていない。


ピクリとも動かないタマにフラフラと近寄り、力なく声をかけるが、反応はない。


彼女は薄れゆく意識の中で、始めて感謝の言葉をインストールしていなかったことを後悔した。


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