76 ゲートの川
出口の設定もせずにゲートを作って飛び込んだ俺は眩暈の伴う浮遊感を味わっていた。
意識ははっきりとしているが体の感覚がない。
海の中に深く潜っているような感じだ。
「出れるのか? ここ」
呟いた言葉は、口から出て自分の耳に届く。
体はわからないが、俺の顔は有るらしい。
顔だけの俺は透明な波に流されどこかへ運ばれていく。
これはどこからどこへ向かう波なんだろう。
目は動くし、動かしただけ見えている物に変化が有るのは解る。
だが、ここがなんなのかはわからない。
周囲に見えるのは赤や橙、緑、青とイルミネーションの様に順番に色が変化する壁だけ。
カラフルな波の中を俺は流れていく。
「あれって……」
ただただ流されていると、壁の一部に四角い切れ込みが入っているのが見えた。
それは窓くらいの小さな穴。たぶんゲートの出口だろう。
その穴は丁度俺の進行方向に有って、高さも今の俺の目線と同じくらい。
流され続ける俺はその穴に興味を持とうが、手を伸ばすこともできない。
出来た事は、通り過ぎる瞬間に穴を覗き見ることだけ。
穴の中は緑色の景色が広がっていた。
流れ続け、留まることのできない俺がその景色を見ていられた時間は数秒も無い。
でも、それだけで十分だった。
穴の向こうに有った、綺麗な花園と少し遠くに見えた教会のような建物。
そのどちらにも今は用がない。
流されるだけの状態に戻った俺は今の景色を思い出して考え事をしていた。
あれはノマオにある場所なんだろうか。
あの穴に入れていたのなら、きっとさっきの場所にたどり着けただろう。
でもそれはノマオからどれだけ離れた場所なのかわからない。
最初に見えたからといって、オリアスの作った空間とあの花園の距離が近いとは限らない。
俺が無事シア達の所に帰るには、ノマオに繋がっているゲートに巡り合う必要が有る。
それに仮にゲートを見つけたとしても、そこに入れるかどうかはまた別だ。
それから俺は流されながらたくさんのゲート出口を見た。
海底にしずんだ遺跡。ビルよりも高い巨木の上に作られた寺院。
暗い洞窟。賑やかな洞窟。民家の居間。
噴火の真っただ中な火口付近。
どれも魔物が居そうな雰囲気は有るが、いまいちピンと来ない。
そうこうしているうちに、俺はゲート出口が密集した区間に入っていた。
これまで出口は俺の感覚で数メートルおきに一つポツンと左右のどちらかだけに有ったのだが、ここでは同じ縦列に二個、三個と重なっている出口がある。
そしてもう一つ気づいたんだけど、そのゲートたちから白く細いリボンが一本ずつ垂れ下がっている。
鉢巻の様に幅が広くて先が見えないくらいに長いリボンだ。
穴が出口だとしたらこのリボンにも意味があるんだろう。
でもなんだ? リボンが垂れているゲートに映る景色は前に見た物たちとそんなに違うとは思えない。
このリボンがなんなのかわかれば……
ただまっすぐ流されている俺はゲートに近づくことが出来ない。
でも、このリボンは川に投げ入れられた釣り糸の様に俺の周りに浮いている。掴むことが出来る。
下流の方を見てみると、ちょうど壁に切れ込みが現れ新たなゲート出口が一つ誕生した。
「あっそういうことか!」
俺はその新しく開いたゲートを見ながらにんまりと笑った。
かなり高い位置に出来たゲートは、形が固定されるとあのリボンを吐き出した。
そして、そのリボンはそのすぐ下にあるゲートに刺さった。
このリボンはゲート同士を繋げる道なんだ!
周りを流れるリボンをよく見れば、小さな光点がその上を移動している。
これは今ゲートを通っている人だ!
最初に見たリボンがついていないゲートはどこにも繋がっていない物。
入ると俺みたいにこの流れに落とされるんだろう。
ならこれリボンに掴まれば確実にどこかのゲートに出られる。
今も動いていて双方向に移動できるゲートに!
魔物が住んで居て、他のゲートと繋がったゲートが有る世界ならノマオに繋がっているゲートも持っているはず。
光明が見えてきたな。
体の状態はわからないが首から上は動く。
俺は顔の上を流れていくリボンに噛みついた。
リボンはスルスルと歯から抜けていくが、俺は犬歯を突き立てリボンを離さない。
流されていた俺の体が止まった。
後はこのリボンをどうにか登るだけ。
俺はこのリボンを垂らしているゲートを見る。
そのゲートは小さくみすぼらしい外見だった。
「うぅっ!?」
もう少し簡単にたどり着けそうな低い位置にあるゲートにしようかな……なんてことを考えていると、リボンを噛んだ俺の歯にピリピリとした痺れが出てきた。
口内ではじけるキャンディーを食べているような刺激。
パチパチパチパチパチパチパチパチ!
口の中どころか顔じゅうが痺れだし、目を開けていることも辛い。
俺は急な刺激のせいで危うくリボンを離しそうになるがなんとか堪えた。
刺激は長くは続かず、やがて落ち着いてきた。
なんだったんだ今の。
やっぱり違うゲートにするか?
俺が痺れの収まった目を開けようとしたら、誰かの声が聞こえた。
「く、クロウ!? 貴方どこから出てきたの!?」
「え?」




