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75 脱出

 

 そっか。監督はちゃんと約束を守ってくれたのか。

 ……記憶が無い理由は分からないけど。

 俺は下を向いてクスリと笑う。


 家族と言ったって嫁三人は多すぎだろ。

 みんないい子達だけど。


「落ち込んでるとこ悪いがそろそろ俺を殺してくれよ?」


 俺が下を向いているのを見てオリアスは何か勘違いしたようだ。

 そういえばこいつは俺が騙されてここに居るんだと思ってるんだった。

 こんなにストンと綺麗に収まった感情なんてそうないっていうのに。


「落ち込んでる? 俺が? お前ってなんでも知ってるわけじゃ無いんだな」


 俺は顔を上げて自分の表情をオリアスに見せた。

 監督やシアの目的。監督たちの関係。

 オリアスはそれらを見透かした言動をしていたが、目の前にいる俺の気持ちすら把握できていないらしい。


「気が狂ったか」


 俺の渾身の笑顔を見たオリアスは失礼な事を言う。

 ここ最近ずっと感じていた『どうして俺なんだ』という悩みに答えが出たというのに。


「俺は普通だよ。面白い物を見せてくれてありがとう。でももう帰るから出口を出してくれ」


 俺は笑顔のままオリアスに言う。

 気分もスッキリしたし、もうここに居る気はない。

 商品も貰えないんだからシア達の所に帰るとしよう。


「いいやダメだ。俺を殺せ、これは命令だ。できなければお前を殺す。さっき言ったよな?」


 俺は出口を作る様にオリアスに求めたが、オリアスは拒否する。

 解放するどころかオリアスは指を伸ばし、それをまた俺の首に巻き付けてきた。


「聞いたし覚えてるよ。でも今日はもう帰る」


 ギリギリと喉を締める指も気にせず俺は顔を振る。

 喉は痛いし苦しい。

 だが、それだけだ。


「なら死ぬかァ? 剣を出せ」

「死なないし、殺さない。悪いな」

「ああ? 出来るのか?っち──」


 俺はオリアスの指を掴んで首から剥がした。

 監督との話しを思い出したついでに思い出したのだが、触れない魔物には触れない理由が有る。


 こいつは体が液体だから触ってもすり抜けるんだと思う。

 形を保てる理由は体表面を特殊な魔力の被膜で覆っているから。

 その被膜が物理的な接触は通すし、害の有る魔力は弾く。


 だがそれなら俺の手にも似た種類のコーティングをすればいいだけ。

 幸いなことに俺は即興で魔法を組み立てるのが得意らしい。

 俺は首に感じるねっとりとした感触からこの術のイメージを読み取り、それを自分の手のひらに再現した。


「やる気になったか? おもしれえ」


 指を縮め、オリアスが喜ぶ。


「なるかよ。お前の相手をしてる時間がもったいない」

「もったいないだ? 俺が、お前を殺すって! 言ったよなァ!? 死ぬ奴が何をもったいぶる!」


 オリアスが叫び、体を球体にして後ろへ飛び跳ねた。

 俺から離れた所にボチャリと着地したオリアス。


 遠距離攻撃でもしてくるのかと俺は身構えたが、部屋中から黒いライオンの様な獣が複数体湧き出てきた。

 それらはかなりの大型で、四つ足を床につけた状態でも俺とほぼ同じ大きさだ。


 獣達が俺に向かって突進してくる。

 風を切るその体からは黒いしずくが飛び散っていた。

 黒くドロドロとした体はオリアスと同じものなんだろう。


 懐かしいな。

 部屋中に現れた頑強な獣たちを見て俺はなぜか郷愁のような物を感じた。


 懐かしい? 何が懐かしいんだ?

 まあいいや。思い出せない記憶よりも先に目の前の問題を処理しなきゃ。


「ファイヤーボール」


 俺は手のひらに火球を作って獣たち一匹一匹の顔めがけて飛ばす。

 ボウッ! と獣たちの大きな顔を爆炎が隠す。

 威力は低いが一か所に貼り付き燃え続ける炎だ。


 こいつらは放置。動きを止めればそれでいい。

 ボスが召喚した魔物なんて絶対強い。

 しかもこういう種類は無限沸きに決まってる。


 俺は炎に悶える獣の間を抜けてオリアスに近づいた。


「今更、不殺でもしたくなったのか? 勇者様の自覚が出たってか」


 両手を広げ俺を煽るオリアス。その装飾の一つが茶色く光っていた。

 獣を作るためのアイテムだろう。

 体中に沈んでる装飾の一つ一つに違った効果が有るのかもしれない。


「俺が勇者なら、お前は戦う必要もないイベントだけの中ボスだな」


 こいつは戦えない相手ではないと思う。

 でもこいつはランク10のダンジョンボスだ。

 この後、強化形態が有るだろう。

 術を使う飾りも見えるだけで十個以上の種類が有るし。


 ただでさえ変な大会で時間を取られたのにこれ以上シア達を放っておきたくない。

 こいつを放置したら後で困るかもしれないが、今は彼女らに会いたいというのが一番の欲求だ。


「言うじゃねえか。なら負けイベントを体感して死ねや!」


 青い宝石の付いた飾りがオリアスの体表に浮き上がり、淡く光り始める。

 違う術を使うのか。


「ファイヤーランス!」


 ゴウッ!

 俺は、光ったオリアスの装飾を挟むように火球と俺の手でラインを作り、オリアスの背中から俺の手のひらまでを貫く炎の槍を作った。


「ぐぅぅううう」


 ダメージはそこまで大きくないだろうにオリアスが呻く。

 飾りを壊された事が悔しかったのだろうか。

 呻いた瞬間、オリアスの動きが止まった。

 だが、体内の液体は循環を続けていて、違う装飾が浮き上がって来た。


 オリアスが身に着けた多数の装飾品。

 その一つに濁った白色の石がはまっている物が有った。

 その石は宝石に疎い俺でもわかる。それは宝石ではなく、魔力を持った鉱石。


 転移ゲートの素材になる冥王石だ。

 これで時間と空間を曲げて異世界で起こった過去の映像を流していたのか。

 どうやって術を組めばそんなことが出来るのか俺には見当もつかない。


 でも、それを使って外に行く事は俺でも出来るはずだ。

 よし! 貰って帰るか。


「何する気だ! 寄るな!」


 俺はよっぽど分かりやすく喜んだらしい。

 オリアスはその飾りを守るため、体液を腹部に集中させて濃度を濃くする。

 でも隠してもそれでは防げない。


 俺は魔力を閉じた。

 その結果オリアスに刺さっていた炎の槍や獣の目を隠していた炎も消える。

 前方から獣たちが飛びかかってくるのが見えた。

 たぶん後ろからも同じのが来てる。


 だが俺は体を守らず、オリアスの胸に右手を突っ込んだ。

 体液の循環速度から考えて今はここにあるはず!


 カツン!


 指先に何かが引っかかった。

 俺はその飾りを引き抜く。

 そして、使わずに持っていた大口のポーション瓶にそれを投げ入れ、頭に術のイメージを描き瓶を振る。


 カチャンカチャン。瓶の中で飾りが暴れる。

 だが、石は急速に溶けていき、すぐに瓶の中が灰色の液体で満た。


「返せえええええええ!」

「欲はないんだろ? 一個くらい恵んでくれよ。じゃあな」


 俺はポーションを地面にぶちまけ、ゲートを発動させた。

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