74 昔の約束
『なんだよ説教でもしたいのか? 魔物のくせに』
『っへ、俺が坊主にでも見えるか? 興味が有るだけだ』
【俺】は立ち上がって距離を取ろうとした。
だが監督は座って話そうと自分の隣を叩く。
【俺】は、一歩離れた所で立ったまま首を振った。
『興味本位なら答える気はない』
【俺】からみた監督は、敵の居城でボスを倒したと思ったらいつの間にか現れた不審な魔物。
それが少し会話して警戒心が緩み、今また警戒度が上がった。
『そうか。まあそれなら違う話でもするか……あーそうだな……お前、なんか話せ』
『なんで俺が』
『命を助けた駄賃にそれくらいサービスしろ。おら早く!』
監督はもう一度自分の隣をバンバンと叩く。
命を助けた。そう言われた【俺】は自分の体を見た。
自分が身に着けている穴がいくつも開いた防具。
防具に染み込んだ自分の赤い血。
カラフルにかかったドラゴンの虹色の血。
それ以外にトマトソースの様に鮮やかな赤い血が混じっていた。
その血が何のために付いた物か【俺】はわからない。
でも、倒れている間に付いたというは理解したのだろう。
『まあ確かに。なら……アンタはその蛇の手下なのか?』
話しをしろと言われた【俺】は少しためらった後に床の上のドラゴンを指さした。
殺したことに悔いはないがもし本当に親しい間柄だったら、なんて考えているんだろう。
『俺が? ヴィーヴルの? っくッハッハッハッハッハ! 手下が戦い終わってから出てくるかよ』
だが、当の監督はドラゴンの手下と疑われた事を大声で笑い飛ばす。
『あっ違うのか。この世界にはこいつの手下か、こいつのエサしかいないと思ってたんだ』
『ハッハッハ。小僧。なら食われてないお前もヴィーブルの手下って事か?』
『いや、俺は人間だし。アンタは手下じゃなくてもコイツ側なんだろ?』
この頃の俺は「人間と魔物」それだけを区別して考えていたんだな。
何度も監督に『アンタ魔物だろ?』と繰り返していた。
『おいおい、ずいぶんな差別じゃねえか。よく見ろ、ヴィーヴルと俺なら、俺とお前の方がまだ近いだろ』
『形はそうだけど。そうじゃなくて、もっと大きなくくりで人間じゃないんだし』
今の俺は監督やシアは普通の人とほぼ同じだと考えているが、この時の【俺】にはまだ割り切れないことなんだろう。
『まあお前が人間にこだわる理由もだいたいわかる。ここにはたまに来るからな。お前はこの荒れた世界の生き残り、家族はもう居ない。そんなところだろ』
なんだか不穏なワードが出てきた。
一般人のはずの俺がドラゴンなんかと戦っている時点で薄々気づいていたが、元の世界はかなり荒廃しているらしい。
『アンタ、俺を知ってるのか?』
『知らねえよ。ただ……よく有る事だからな』
監督は頭を掻きながらしゃべり続ける。
『どの世界でもそうだが、やりすぎなんだろうな。
丁度いいところで生かさず殺さず楽しんでりゃいいのに。欲張って殺し過ぎて、そんで勇者が生まれ殺される』
『勇者? 俺が? っは、誰も守れなかったのにか?』
【俺】が自嘲気味に笑って首を振る。
世界が滅んでいるのにボスを倒したからオッケーとはならないよな。
『この世界の人間はな。ヴィーヴルは以前から次に行く世界を選んでた。その前に止めたんだから勇者ってことにしとけ』
このドラゴン、世界を滅ぼして移動する系の魔物だったのか。
それなら確かに救ったってことになるのか?
『ん? ちょっと待ってくれよ。他の世界ってなんだ? 人が居るのか俺以外に?』
俺は勇者という言葉について考えていたが、【俺】は違うところに食いついていた。
『ああいくらでもな。連れてってやるか?』
『どこに? 家になら自分で帰れる』
『人がいる世界にだよ。だが、ちょっとだけ手間賃を貰うがな』
監督は指で輪っかを作りニカッと笑った。
床に映っていた映像はそこで止まり、元の暗い空間に戻る。
「人の居る世界に連れていく。そう約束して実際は記憶を奪ってガキのお守りを押し付けたのか。グロウスもやるじゃねえの」
「なあ?」とオリアスは今の俺と過去の監督を比較して馬鹿にしてくる。
こいつはどこまでの事を知ってるんだ。
オリアスは俺が騙されたというが、実は映像を見ていたら朧気ながらに思い出してきた。
何をって俺がこの街に来ることになった理由をだ。
オリアスには絶対教えてやらないが、この後確かこう続いたんだ。
『人がいる世界と簡単に言っても。俺たちみたいな魔物が居る世界には大抵人間も居る。お前はどんな世界に行きたい』
監督は本当に俺を人間がいる世界に連れて行くと言ってくれた。
でもそれを断ったのは俺だ。
『人間のいる世界を紹介してくれるだけじゃなく、希望まで聞いてくれるのか? ずいぶん優しいんだな』
『俺が血肉削って生き返らせた命だ。無駄にされたらもったいねえからな』
機械技術が発展した世界。魔物がほとんど居ない世界。
魔物とが人間が共存する世界。
監督は色んな世界の話しをしてくれた。
『はははっそうだな。俺の命はあんたがくれた物だ。……だけど、やっぱり俺ここに置いて行ってくれ』
『なんでだ。人に会いたいんだろ』
優しい口調で監督が質問をしてきた。
確かにあの頃は人が恋しかった。
細かい事は思い出せないが、たった一人で誰とも口を利かずに過ごした日々は長かった。
でも、
『俺が会いたいのは、俺の家族だけだよ。今更知らない人と一からやり直すのなんてしたくない。でもありがとう、最後に無駄話が出来て嬉しかった』
俺は大きな窓から外を見ながら言った。
窓の外には赤に染まった世界が見えた。
それが夕焼けなのか、朝焼けなのか、それとも本当に世界が燃えていたのか。
今はもう思い出せない。
『なら……俺と来るか?』
『は? あんたと?』
驚き振り向く俺に、監督は大きな手を差し伸べ。
『おう、俺の家族になれよ』と、笑顔で言ってくれたんだ。




