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73 紅い石

 

 動かなくなった【俺】とドラゴンだけが居る部屋に赤い皮膚の大柄な男が現れた。

 それは俺がよく知った人物だった。

 そいつは見慣れた工具箱を肩に担ぎ、無遠慮に荒れた部屋を進んでいく。


「監督? どうして」

「他人のダンジョンを直すと言ってる阿呆だ。これだけ壊れたダンジョンに来るのは当然だろ?」


『おーぅ……なんだあ? ヴィーヴルが死んでやがる。その小僧がやったのか』

 監督は倒れたドラゴンと【俺】の姿を発見すると、頭をポリポリと掻きながら近づいた。


『あーあこりゃダメだ、魂が抜けてる』

 ドラゴンの瞼を捲ったり、血を舐めたりと、悪趣味な行動をいくつか取ってから監督は腰を下ろした。


『だから言ったんだよ馬鹿が。っちさてどうすっかな、ツケ溜まってたんだが』

 ドラゴンの頭の横に座った監督は【俺】を片手で摘まみ上げ、自分の顔の前でプラプラ揺らす。


『ここの財宝を黙って貰ってくのもなんかなあ』

 振り子のように俺を揺らして遊んでいた監督だったが、『そうだっ!』と何かに閃いたらしく俺を床に落とした。

 過去の出来事だとしても【俺】の扱いが雑過ぎて腹が立ってくるな。


『おめえが勝ったんだよな』


 監督は床に投げた【俺】に一声かけ、工具箱から太いナイフを一本取り出した。

 まさかそれで【俺】を切るのか?

 まあ【俺】は外傷が原因の失血で死んでいるのだから、今更切り傷が一つ増えても変わらないのかもしれない。


 だが、監督の行動は違った。

 右手に持ったそのナイフを自分の左掌に突き刺した。

「うわっ……」


 監督は皮膚の色や体格は人とかけ離れているが、それ以外は普通の人間とほぼ変わりない。

 そんなほとんど人間の生々しい自傷行為に俺は目を逸らした。


「ああそんなところに隠していたのか」


 映像を見続けているオリアスが関心したように言う。

 監督の隠し物? それも隠しているという事はバレている物?

 なんだ?


「隠すって手のひらなんかに何を隠せるんだ?」

「気になるなら聞かずに自分で見な。ッハッハッハ」


 気になる。だけど、あの傷口は見たくない……うーん。

 ちらっとだけ確認しよう。そうっと、一瞬だけ。


 俺は手で半分だけ目を隠しながら、監督の様子を見た。

 見る部分を制限したって傷口を見るんだから意味が無いと、気づいたのは割りとすぐの事だった。


「見るだけで痛い……あっ!」


 血がだくだくと噴き出る監督の左掌の傷口には、シアと同じ赤い宝石が埋まっていた。

 魔力をヒール効果に変換する宝石だ。

 やっぱり監督も持ってたのか。


 監督は右手に工具箱からカップを取り出して持ち、左手から出る血を注いだ。

 注いでいる間、宝石は光り輝いていた。


『ふぅ……こんなもんか』


 監督がカップをコトリと足元に置くと左手の傷はもう跡形もなくふさがっていた。

 カップになみなみと注がれた血、監督はそれをどうする気なんだ。


「まあそういう使い方だよな」


 監督は倒れた【俺】の口を無理やり開くとその血を飲ませた。

 死んでいる【俺】は当然飲み込むわけがなく、注がれた血は口から全て流れ落ちる。


「なんの意味があるんだ? 無駄に痛い思いしただけじゃないか」

「口から血を流した。その事実が大事なんだろ」

「え?」

「口に入れたのは持ち主を変えるため。自分の生きた血を体から出すってことはつまりその血の持ち主は生きている。そういう解釈だな」


 監督が治癒術を使ってる映像がよっぽど面白いのか、オリアスは饒舌に解説をしてくれた。


「そんな屁理屈こねてどうするんだ」

「術なんてそんなもんだ。ほらお前が起きるぞ」

「あんなもので!?」


 映像の中の【俺】の胸が動き出した。

 見た目的にはさっきよりも血だらけになったが、確かに回復したらしい。


『……ぅ』

『おお? 起きたか。悪いな、死んでたとこ』


 本物の自分の血をゴポリと吐き出し、【俺】は目を開けた。

【俺】は状況が把握できていないようで、虚ろな目をさ迷わせると監督を見つけた。


『──魔物!? まだ残ってたのか! っつ』

『おうおうムチャすんな。生き返りたてほやほやだ、また死ぬぞ』


 真横座る真っ赤で大きな化け物に驚いた【俺】は体を起こそうとした。

 だが、一度死んだ体がすぐ元気になるという事は無かったようで、上半身を起こしたところで胸を押さえてまた倒れる。


『お前が俺を起こしたのか……』


 可能なら視線で射殺す。

 そんな目つきで【俺】が監督に問いかける。


『ああ俺だ。お前に用が有ったからな』


 ニカッと監督が笑いかける。

 だが【俺】はますます眉間の皺を深くする。


『俺は魔物に用なんかない』

『へっへっ良いじゃねえか。知り合いを訪ねて来てみりゃあ魂まで死んでたんだ。手間賃代わりにお喋りくらいさせろよ』


『ああそうか。敵討ちでもするのか? 魔物のくせにずいぶん殊勝な奴もいるんだな』

『死んでたガキを生き返らせてまで殺したってなんになんだよ。他人に知られりゃ末代までの恥だ。そんなこたぁしねえよ』


 本人だからわかるのだが、この時の【俺】はきっとほっとしている。

 それを外には表さないが。


『ならなんだよ』


 ほら言葉からも少し警戒心が抜けている。

 知らない魔物だっていうのに信用するの早くないかこいつ。


『目的は有るんだが、その前に一つ聞かせろ』

『なんだよ。早くしろ』

『何のためにあいつを殺した?』


 気を許しかけたからこそ、それを聞かれた【俺】の表情はドラゴンと殺しあっていた時よりも酷い物だった。




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