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71 ヘドロの王・オリアス

「……ここは?」


 ヘドロの腕に掴まれその体内に引きづりこまれたた俺は、暗い部屋で目覚めた。

 床も天井も柱も壁も何も見えない。

 暗くて見えないのではなく、ここには何も無いんだと何故か直感で分かった。


「やっと起きたか。人の体は不便だな」

「誰だ!?」


 ズルリッ

 寝転がっている俺の耳元で湿った音が鳴る。

 首を少し動かすと、黒い棒が二本俺のそばに立っていた。

 もう少し目線をあげる、するとそれは人の形をしているようだった。


 光も無いのに真っ黒なそれの形は直感的によくわかる。

 それには目鼻口が無く、衣服も着用していない。だが金細工の装飾だけは身に着けていた。


 その飾りで俺はそいつの正体に思い至った。

 こいつさっきのヘドロか。


「それが本当の姿なのか?」


 俺は立ち上がりながらそいつに話しかけた。


「さあ。どうだかな。お前はどんな形で在ってほしい?」


 黒い影、元ヘドロはわずか肩をすくめ冗談めいた口調で返してくる。

 スライムだった時よりもずいぶん流暢に喋るな。


「お前の形なんか興味ない。さっさと連れてきた理由を言えよ」


 俺が軽くあしらうと、ヘドロは身振り手振りのオーバーリアクション付きで語りだした。

 顔で感情を伝えられない分体で表現しているんだろう。


「まあ話しぃ聞けよ。俺はオリアス。ノマオじゃあ十二の王の一人と言われてる。知らねえだろうがな」

「十二の……ああさっき初めて聞いた。でも王ってつまりどこかのダンジョンボスってことだろ。ランクは高いのか?」


 色んな世界から集まったダンジョンで作られているこのノマオ。

 そこのボスたちは元の世界で強大な権力を持っている場合が多い。

 この十二の王とかいうグループもそんなボス達の集まりだろう。


「そうだな……高い方だ。まあ俺たちにとっちゃあランクの数字はあんまり意味がないが」


 高ランクか。たしかランク9で元の世界の支配者クラスだし、それか一つ下くらいかな。


「それで、そんな立派な王様が俺に何の用なんだ?」

「ハッハハハ。その前に少し話させろ。このノマオが出来てすぐの事だ」

「……なんだか長くなりそうだな」


 ヘドロ状の王オリアスは昔話をする年寄りの様な口調でなにやら語り始めた。


「ここは、考えられる全ての荒くれものどもを集めた街だ。すーぐにそこら中で大規模な勢力争いが起こりだした」

「今でも好き勝手やってる風に見えるけどそれ以上にか?」


 魔物達は今も元気に街の至る所で毎日小競り合いをしている。

 そんな様子を想像しながら俺が言うと、オリアスは「あんなの子供の遊びだ」と笑った。


「争いは激化しどいつもこいつもウンザリしていた。何故ってここは元々何もない空間を好き勝手に拡張して出来た街。

 住む場所なんていくらでも増やせるし、望まなくてもボコボコ勝手に増える。そんな土地を廻って争っても終わりが無い。

 そこで魔物同士の不毛な争いをやめるために自然に生まれたのがノマオ唯一のルール、『支配欲を我慢する』だ」


「そういえばそんなルール有ったな。俺みたいな人間には元から関係ない事だが」


 俺はオリアスの話しに適当に相槌を打った。

 監督やシアとの約束でこの街のトップを取ると言ったが、それを知らない奴に教える意味はない。

 こいつはそんな話をするために俺を連れてきたのか? 何の意味があるんだ。


「俺はな、欲が好きなんだ!」


 急にオリアスが凹凸の無い顔を近づけて来た。


「よ、欲? 欲望が有るとかじゃなく? なんなんだ欲が好きって」

「俺には欲が無い。物が欲しい、国が欲しい力が欲しい。そういう欲を感じたことが無い。だから身の丈に合わない欲を持った奴が好きなんだ」


 オリアスは、上向きに広げた手のひらにコポコポと宝やミニチュアの街などを作った、そしてそれらを一気に握りつぶす。

 その後、オリアスは両手を何度も擦り合わせ作ったものを手のひらに練りこむと、もう一度手を開いた。


「お前が殺したあいつだって欲を見込んで飼っていたんだ」


 次にオリアスは空になった手のひらに今度はベネクスに似た人形を作った。

 人形の頭と足を両手の指で摘まみ、二つに千切ると俺に見せて来る。


「……お気に入りを殺した報復か」


 ベネクスはあそこの責任者みたいな事を言っていた。

 そのベネクスより上の奴が直々仇を討ちにきたのか。

 俺はオリアスと戦闘になると思い、距離を取ろうとした。


 だが、「違う」とオリアスは首を振る。

「好きだって言ったろ?」

 表情の無いオリアスがニヤリと笑った気がした。


「なっ何をだ」


 戦闘とは別の意味で俺はオリアスと距離を取ろうとした。

 だが、足に何かが絡みついて動かない。


「俺にたった一つ欲が有るとすればそれは、欲の為に殺されること」

 オリアスの手が俺の首に触れる。

 水風船のようなペタリとした冷たい感触に寒気がする。


「……あんまりいい趣味とは言えないんじゃないか」


 喉仏辺りに触れていたオリアスの指はゆっくりと伸び、俺の首を一周した。

 こいつがその気になればいつでも俺を絞め殺すことが出来る。


 命を握られ、俺の心臓がバクバクとうるさく鳴る。

 首筋を伝い流れる脂汗をオリアスは指でぬぐう。気持ち悪い。


「ノマオでトップに立つには最低でもランク10のダンジョン全てを滅ぼす必要がある。つまりお前がノマオを支配したいなら、俺を殺す必要が有るってことだ」

「お前がランク10? なら十二って、ってなんで──」


 なんで、どうしてバレてるんだ!?

 ダンジョンの外では話していないし、そもそもそれを口にしたのだってほんの数回なのに。


「ノマオの支配を本気で企んでいて、力もそれなりな奴は久しぶりだ。これは他の奴には譲らねえ」

「っぐ! ぅう……」

 興奮したオリアスが指に力を込め始めた。

 喉が絞まり息ができない。


「さあ、俺を殺してくれよ!」

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