8
「さあ、こっちっすよー!」
自分の足で歩きだしてからもリノちゃんは俺の手を掴んだまま。
楽しげに鼻歌を歌いながら彼女は先導していく。
こっちは正体がはっきりしない可愛い女の子に手を繋がれてドキドキしているというのにそういった様子は全く見えない
カツッカツッカツッカツッ
ペタン、ペタン、ペタン、ペタン
彼女の鼻歌と二人分の足音が広い室内に響く。
それにしてもこの白い床石は少し滑る。ゴム底の靴なのに変に力を入れると滑って転びそうだ。
ペタペタと不思議な足音を出す彼女の靴はこの床ですべらないようにする為なんだろうか。
「リノちゃん、ここってなんでこんなに滑るの? 罠の一つ?」
「あーやっぱりちょっとヌルヌルっすか? 昨日皆で大掃除してて、ワックスかけすぎちゃったんすよねー。バーって。あっあとちゃんは要らないっす、リノって呼んで欲しいっすよ」
「あっそう……ワックスか。侵入者の足止めとかじゃなく。綺麗な方がいいもんな」
「そうなんす! リノはいつまでもピッカピカであってほしいんすよ!」
ここ戦闘があるダンジョンじゃないのか? 綺麗に保つ事の意味はいったい。
……いや、でも綺麗なダンジョンの方がボスダンジョンっぽいか? 監督の子供も姫とか呼ばれてたし。
俺が内心首をかしげていると、リノは中央の大階段を避けて左の方へと進んで行く。
上に行くんじゃないのか。まあ一番上がボス部屋とも限らないしな。
入り口からは階段の陰になっていて見えなかったがかなり広く長い廊下だ。
この廊下だけで俺が借りてる部屋の何倍もありそう。
廊下には窓はなく、交換するのも火を着けるのも大変そうな高い位置にロウソクが並んでいて、その明かりが下まで明るく照らしている。
そのロウソク以外には、色とりどりの花が描かれた絵画や大きな花瓶といったいかにもそれっぽいアイテムが飾られていた。
「リノって……」
代わり映えのしない景色に少し飽きて考え事をしていたらそれが口から出てしまった。
ついリノの名前を呼んでしまい、彼女が足を止めずに振り返った。
「んぇ? なんすか? クロウっち」
「あっゴメン特に用はないや。ただ……」
「ただ? なんすか? 気になるっすよー」
考えていたことが少し失礼かもしれないと思い言い淀むと、彼女は今度は足を止めぐっと俺に近づき近距離から見上げてきた。
クリッとした大きな群青色の目がじーっと俺の顔を見つめて『さあ教えるっす!』と言葉にせず訴えてくる。
そんなにじっと見つめられるとこっちが照れてしまう。やっぱりかなり可愛い。
だからこそ信じられないし信じたくない。
「いや……怒るかもしれないがやっぱり俺はチャンプさんの娘ってのが信じられなくて」
「なんでっすか!? リノと父ちゃんはそっくりって親分さんも言ってたっすよ!?」
大きな目をより見開き口をポカンと開けた、怒るというよりは驚愕! といった表情でリノが声をあげる。
なんでここまで驚けるんだろう。この子は鏡とか見たこと無いのか?
あまりの驚きっぷりに実は父親と会ったことが無いんじゃないかと変な心配までしてしまう。
「逆に似てる要素あるか? 俺も一応昨日までチャンプさんと一緒に仕事してたんだけど」
「あるっすよ! えーっと。……あっ色! 父ちゃんの色は何色っすか?」
「色? えーっとチャンプさんは濃い青っぽい肌だろ」
この世界の人たち、魔物は大半が硬い皮膚を持っているので服を着ていない人が多い。
チャンプさんもそういった人たちと同じで上半身には何も身につけず筋肉で膨れた青色の肌を常に晒していた。
一方、目の前のリノは確かに青いけど、それも病弱な青白い肌と言える程度。強いて言うなら髪と目ははっきりと青いけど。
「ほら同じ青っすよ! 一緒っすよ!」
「え、えー? 同じか? けっこう違うぞ」
俺が青だというとリノはニンマリと笑顔になり、ドヤっとした表情のまま一緒だと言った。
でも俺の人としての感覚ではまるっきり違うんだが。
「うー……なんすかなんすか。なんでそんなイジワル言うんすかー」
「意地悪って、俺はリノは可愛いけどチャンプさんは全く可愛くないって思っただけで。あーいやチャンプさんのことは尊敬してるけど」
「ぅ? リノが可愛い? リ、リノが? ……ぅへへっ照れるっす!」
俺が二人の違いを説明すると、リノは急に笑顔のまま真っ赤になり下を向いてへへっと頭をかいた。
反応まで可愛いなこの子。
一応似てる点を探そうとチャンプさんが同じ反応をしたところを想像したが吐き気がするだけだった。
「っと、それで! クロウっちは父ちゃんは可愛くないから似てないって思うんすね? まあ確かに父ちゃんはカッコイイけど可愛くはないっす。それなら納得っす」
「もうちょっと前の部分から似てないと思うんだが。まあリノがしっくり来たんならそれでいいや」
「しっくり来たっす! へへっ可愛いなんて男の人に言われたの初めてっす! クロウっちもかっこいいっす! 姫っちへのプレゼントに合格っすよ! じゃあしゅっぱーつっす!」
あっ冗談じゃなく本気で俺は物扱いだったのか。
さっきより僅かに熱を持った彼女の手に引かれ、俺は姫様に送られるためダンジョン内を再び歩き出した。