69 魔物の取引
「こいつら……お前の仲間だろ?」
俺はベネクスの言葉に戸惑った。
戦闘による痛みや苦しみは有っても、この世界では大半の事が魔法という万能の力で元通りになる。
だから魔物達はダンジョンに気軽に挑戦できるし、街中で好き勝手に力を振るえる。
そう思っていた。
何もない野原で獣と命のやり取りをしているんじゃなく、客を集めてのイベントで完全に命を奪う意味はあるのか。
客や実況のテンションから見ても、俺はともかくこいつらは身内扱いだったじゃないか。
それなのになんで殺したんだ。
配下が必要な能力なら初めから持ち込めば良かっただろ。
怒ればいいのか怖がればいいのか。
ベネクスの行動意図がわからず、なんとか絞り出した俺の言葉に相手は憤慨したようだ。
「馬鹿を言うな! 私をこいつらごときと同じだと言うのか」
「同じろ。だって……だって魔物だろ?」
命は平等とかそういうことを言いたいんじゃなく、同じ目的でステージに上がった奴を使い捨てにするのはダメだろ。
「くっくっくく……ハッハッハッハ! 無知な人らしい傲りだ。魔物の一括りでこの汚らしい毛の彼と私が同じ物だと断じるのか!」
俺の言葉が逆鱗に触れたのかベネクスは激昂し、盾代わりにしていた黄色の魔獣の頭を掴んで俺に向ける。
その魔獣は元は狼系の凛々しい顔だったが、今は苦し気に舌をだらんと垂らし光の消えた目で俺を見ていた。
「ならなんで一緒に出てくるんだよ」
「ああ! ……なぜここまで話が食い違うのかやっと合点がいった。阿呆との会話は楽しいな」
「教えてくれよ」
「いいとも。話は簡単だ。彼らがこうなることまでを含めての演目というだけさ。
こいつらは最初から試合という区切りには含まれていない。こんな奴らで金を取ったら誰も見てくれなくなる」
「演目? 珍しいアイテムで釣って、大勢でなぶるだけのこれが?」
「くっくっくっ! これが意外と調整が難しいんだよ。私が出る前に死なれても困るし、かといって手を抜き過ぎてもいけない。現に今お客様は大盛り上がりさ」
「ほら」とベネクスは手を上げて客席を指す。
俺はその誘導に乗らなかったが、客席からの歓声は聞こえる。
確かにさっきまでの試合は俺だけじゃなく相手の弱さに対するヤジも有った。
でも今聞こえるのはベネクスを称賛する声だけ。
こんなものを喜んで見る奴らにとってはベネクスのこのやり方が正しいらしい。
「わかったろ? クロウ、君は力の限り足掻いて私に殺されるんだ」
「そんなに盛り上がりが大事なのかよ」
「当然さ。私はこのショーを任されているのだから」
両手を胸の前に広げ、ベネクスはうっとりした様子で語る。
「なら俺が抵抗をやめて自殺でもしたらさぞかし盛り下がるだろうな」
「良いのかい? 君にはこの街で帰るべきダンジョンが有るのだろう?」
用紙にダンジョンの名前を書かせたのはそれが目的か。
白を切るのは難しいか?
「さあ? 俺はただの人間だぞ。そんなもんない」
俺は平穏を装い首を傾げて見せた。
だが、ベネクスにとっては俺のそんな反応も予想通りなのだろう。
口の両端を鋭く吊り上げ、舌なめずりしながらこう続けた。
「なら……一緒に来ていた子達は誰なんだろうね」
そうだテントの中でシア達も見られていた。
いや、その前の参加用紙を書く際のイザコザからこいつの仕業かもしれない。
シア達は祭りを回ってるはずだし捕まえるのは難しくない。
「はははっそんな怖い顔をするのはやめてくれ。私はとても繊細なんだ」
魔物を生き物ではなく物扱いするこいつにシア達が捕まったらどうなるんだ。
体が急に冷たくなる。
完全に俺のミスだ。
連れてきちゃダメだった。
監督にシア達を守ると約束したのに。
これで俺が死んだとしたら……こいつはシア達の方にいかないかな?
ダメだダメ。そんな受動的な希望にすがるのは逃げだ。
俺が迎えに行くのが一番安全なんだからそうするべき、いやそうしなきゃダメだ。
あいつらは俺の家族なんだから。
「……お前を倒せば終わりなのか?」
俺は手に持った剣を消し、ベネクスに訪ねた。
最初からずっと勝つつもりでやっていたが、それじゃあダメだ。
「はっはっはっああごめん。なんだって? もう一度言ってくれるかい」
「お前が仕切ってるならお前を倒せば帰っていいのかって聞いたんだ」
「ああ! いいとも。絶望をされて手を抜かれたらたまったもんじゃない」
ベネクスは一度聞こえなかったふりをした。それもおどけながら。
客と一緒になって俺を馬鹿にする。
俺らのやり取りを見ていた客たちはベネクスの思惑通りに盛り上がる。
だが言質は取った。
どれだけ馬鹿にされたってもうどうでもいい。
「ならお前を殺す」
「殺す? 君は殺しと救済を同一視していたのに私を殺すのかい?」
どこか嬉しそうにベネクスが確認を取ってくる。
「ああ殺す。それしかないんだろ? 死んでくれ」
「ぜひ殺してくれ! こいつらの次にね」
気持ちの悪い笑顔のままベネクスは飛び上がった。
逃げたかと思ったが、どうやら違う。
会話の間に残りの魔物を全てを起こしていたらしい。
完全に動けなくなった黄色の魔獣以外の7体が俺を囲んでいる。
この中の一体だけにベネクスの剣が刺さっているのか。
痛みを感じなくなった魔物達を相手にしながら、本命の一撃を警戒し続けなければいけない。
「……でもどうでもいい。ブレード!」
俺はアイテムホルダーから細い木片を取り、剣を呼んだ。
見た目上はさっきまで振るっていた物と同じ。
だがこれには芯を入れた。
効果は──
「はあっ!」
気合一声。
白い刀身を極限まで薄く伸ばし、目の前にいた魔物3体を同時に切り伏せる。
俺が次の魔物を狙うために体の向きを変えると、背後からズシャッと肉の塊が落ちる音がした。
残り4体。
剣は呪文と同じく触媒が無くても作る事が出来る。
ただその場合形が不安定になるので、刃を固く厚くして補強しなければいけない。
芯を入れた場合は触媒を出す時間などが余分にかかるが、元が形有る物なので薄くしても崩れたりしない。
時間に余裕が有ったのにこっちを使わなかったのは相手に遠慮していたから。
残りの4体も同じく腹を切る。更に起き上がれないよう足も切り落とした。
ベネクスの剣はどこにも無かった。
「じゃあ、後はお前だけだ。いいよな」
ベネクスはステージの端に居た。
俺がまだまだてこずると思っていたのだろう。
声をかけた時、ベネクスは俺に背中を向けて客にアピールをしていた。
俺の声が届くと、ベネクスの肩がびくりと跳ねた。ドクロ飾りの剣も手に持っている。
強化もされていない遅い魔物で俺を殺す気だったのか。
カツッカツッカツッ……
客の声も聞こえない。
鳴っているのは俺の足音だけ。
「ク、クロウ。君の勝ちだ! 見事君は8人のボスを倒したんだ! ほらお前ら! 拍手をしろ!」
「「「「………………」」」」
客は反応しない。
こいつらは刺激が欲しいんだ。
誰かが足掻き、みじめに命乞いをするのが好きなんだ。
それが、今までこのステージを運営していた奴だとしても。
「実況! 聞いてるか!」
『はっはい! いけに──あっクロウ様』
俺はいつの間にか静かになっていた実況を呼んだ。
返事を待ってから俺はベネクスに剣を向ける。
「ちゃんとコールしろよ」
『はい! このリベシャにお任せください!』
「烏! 貴様何を勝手な!」
スパッ!
ギリギリまで鋭くした刃に、物を切ったという感触は残らなかった。
『決まったーーーーーーーー! 悪魔神官ベネクスを制し、新チャンピオンの誕生だーーーーーーー!』
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」
俺はステージの外に落下したベネクスだった物を見てから剣をしまった。




