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68 神官のこだわり

 



 人の腕ほどの太さの触腕が俺の体に貼り付く。

 粘液の粘り気と臭気が俺の気分を悪くさせる。


 やっぱり邪魔してくるのか。

 ルールも何もあったもんじゃないな。


 幸い触腕が貼り付くといっても、本当にただ俺の体を一周くるりと巻いただけで体の自由は利く。

 俺はもう一度振り返り、触腕を切った。


 プシャッ!

 粘液とは違う紫色の体液が切り口から噴き出るが、イカの魔物は痛がる様子もない。

 ただ無感情に別の腕を俺に向かってノロノロ伸ばすだけ。


 俺はそんなイカを放置し、ベネクスの所に急いだ。

 余計な時間がかかりもう次の魔物も復活したんじゃないかと俺は思ったが、ベネクスはまだ魔物の傍で膝をついていた。


「……偉そうなこと言って結局手助けを求めるのかよ」

「助け? 馬鹿なことを。これは私が与える救済であり解放だ」

「同じだろ? まあどっちでもいいけど。それよりもう詰みじゃないか?」


 しゃがんだままのベネクスに俺は剣を突きつけた。

 ベネクスは何故か剣を持っていないし、復活した魔物も距離が離れている。


 何か対抗策がなければ、このまま俺が手を少し前に出すだけで剣はベネクスの喉に刺さるだろう。

 その前に早くギブアップをして貰いたかった。


 だが、ベネクスは諦めず剣を素手で掴んだ。

 細く青白いその手のひらから血が流れる。


「おい何してるんだ。諦めろよ」


 俺が作る剣は頑丈さを重視しているのでそれほど鋭さは無い。

 だがそれでも剣として最低限の力は有る。

 体を切られれば傷が付くし、刃を握れば指くらい簡単に落ちる。

 それくらいベネクスにだってわかるはずだ。


「助けを求めた。諦めろ。まったく貴様の言葉が的外れ過ぎて呆れ果てる」

「何がだよ」

「ならばどこが私に対する助けか言ってみろ!」


 ベネクスは叫び、刃を掴む手に力を込める。

 手から流れ出る血の量も増え、剣を伝ってステージ上に血だまりが出来ている。

 こいつ痛みを感じないのか? 手が使えなくなるぞ。


「倒れた奴を治して戦わせてるんだから、助けられてるだろ」

「治す? 違うな。私は治癒術師ではない。やれ!」


 俺の言葉に冷笑を返し、ベネクスはまた命令を飛ばした。

 起きた二人は離れているはず。じゃあ誰に?

 ──横の奴だ!


 俺は横を見ようとした。

 だがそれより先に強い衝撃が横合いから俺の体を打つ。


「っぐ!? 早い!」


 丸太で突かれたような痛みだ。狭い範囲の強烈な一撃。

 準備も無しに耐えることはできない。

 その攻撃で数メートル転がった俺はわき腹を押さえながら、立ち上がって俺を攻撃した物を見た。


 やはり他の二体と同じ倒れていた魔物だ。

 こいつは全身が木で出来ていて、大きさは俺より小さい。

 腕も足も顔も全てがつるっとした丸太で構成されていて、種子や葉、蔦が攻撃手段だった。


 俺と話している間に回復が進んでいたんだろう。

 でも疑問もある。

 どうしてこいつは早いんだ。


 こいつはどちらかというと動きの遅い重量級ファイターだったはず。

 威力が高いがスピードの遅い近接技と、スピードは早いが威力の低い遠距離技を持っていた。


 今俺を殴ったのは遅いはずの拳。

 先に起きた二体の動きがだいぶ遅くなっていることを考えると、元から遅い物はより遅くなっているはず。

 それなのに攻撃が早かった。


 なんでだ?

 違いが有るのか?

 攻撃を警戒しながら、俺はその三体を見比べた。


「剣が刺さってる」


 三体目の木製の腹から、ドクロ飾りの付いたベネクスの剣が生えていた。

 小さなドクロの眼孔が赤く光っている。


「ふっ、まだ諦めろと戯言たわごとをいうか?」


 ベネクスはその剣を引き抜き、刀身についた魔物の体液を振り払う。

 剣を抜かれた瞬間、三体目が震えた様な気がした。

 そしてドクロ飾りからも灯りが消えた。


 あの剣が強くしてるってことか。

 パワーアップの条件はなんだろう。

 刺す必要が有るのか、それとも近くにあればいいのか。


 ベネクスは距離を取って考える俺を嘲笑し、次の魔物の所へ歩いていく。

 止めたいが、今近づいても危ないだけ。

 せめて起き上がった魔物をまた眠らせる方法がわかれば。


 何もできない俺を尻目にベネクスは次の魔物の元にたどり着いた。

 黄色の毛に覆われた大きな魔獣の傍らにベネクスは跪く。


 俺は三体の魔物との距離を確認する。

 まだ離れているのでその行為を見届けることにした。

 ベネクスは何か呪文を唱え、剣で魔物の胸を刺す。


 ビクッ! 

 刺された瞬間、息も絶え絶えに横たわっていた魔物の体が跳ねた。

 回復呪文の効果か?


 俺はそれを元気が戻り過ぎて飛び跳ねたのだと判断したが、どうやら様子が違う。

 魔物の胸からゴポゴポと溢れる鮮血。

 黄色い毛の上に赤い血が一吹きするごとに、魔物の胸の鼓動が弱まっていく。


 あれは回復じゃない? 俺はベネクスがやっている行為を初めて理解し叫んだ。


「殺したのか! なんで!」

「救・済だ。また間違えたな」


 ベネクスは魔物を見つめる顔を上げニヤリと笑った。


「ふざけるなっそんな言葉はなんでもいいだろ。なんで殺した」

「いいや大事だ。私が殺しをしていると思われても困る。それでは貴様、私が死体術師だと言いたいのか?」

「お前が何なのかはどうでもいい。それをやめろ」


 俺は手に火球を作りベネクスへ投げた。

 名前を呼ばずに出したせいで威力は弱まったが火傷をさせるくらいの力は有る。

 小規模な爆発が起こり、ベネクスの姿が炎に消える。


「ファイヤーボール!」


 ベネクスが出てくる前に俺は連続で火球を叩きこんだ。

 同じ場所に爆発が連続で起こり、火の粉が高く舞う。

 倒れていた魔物を巻き込んだのはいけないが、これ以上同じことをさせたくなかった。


 もう数発ファイヤーボールを喰らわせようか、揺らめく炎を見ながら俺が口を開きかけた時だった。


「酷くないかい? 何を怒っている。彼だって救われて幸せだ」

「どこだ!」


 ベネクスの余裕ぶった声がした。

 それは炎の向こうからではない。じゃあどこから?


「ここだ。きちんと顔を見て話そう」


 すぐ後ろから声がした。いつ移動してきたんだ。

 背筋に冷たい物が走る。


「ファイヤーブレード!」


 俺は剣に炎を纏わせ、振り向きながら攻撃した。


 ジュゥゥゥゥッ。


 焦げ臭い嫌な匂いと焼ける音がする。

 俺は、手に肉を焼いて断ち切る手ごたえを感じた。

 だがそれは、胸から剣を生やした黄色の毛の魔獣だった。


「彼が何かしたか? 腹を焼き切るなんて酷いじゃないか」


 ベネクスは嫌らしい笑みを浮かべ、俺が魔獣に付けた焼け焦げた傷を撫でる。


「お前がやったんだろ。早く治してやれ」


 こんなに大きな大会だ。

 蘇生術を使える奴くらい準備してるはず。


「治す? 先ほども言ったろ。私は治癒術師ではない」

「お前がじゃなくて。他に居るだろ!」

「ハッハッハ! だからそれも言っただろう? 私は死体術師でもないと」


「だからなんだよ」

「私は神官。魂を有るべき場所へ返す者」

「その魂を戻せ!」


 剣をベネクスへと振るうが、魔獣がその傷ついた体で攻撃を受け止める。

 傷を増やす魔獣を見てベネクスの笑みは深まっていく。


「ふふふっ救われた魂は帰ってこない。なぜなら全てから解き放たれることが救済なのだから」

「──じゃあ!」

「ああ。ここにあるのは魂の抜けたただの木偶だ」


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