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閑話 お姫様達のお祭り探検 1

 

 クロウの予選試合が始まって少し経った頃。

 シア達三人は祭りを回っていた。


「おーー! 二人とも見てっす! すごいっす!」


 昼食はダンジョンから持ってきているため、彼女らは食べ物以外の屋台を見ている。

 今、リノが興奮した様子で二人を呼ぶのは、カウンターにガラスの玉が並べられた店。


「何がすごいんだ?」


 透明なガラス玉に顔をピタリとつけたリノにサキは首を傾げる。

 少し離れたサキとシアからはそれはありふれたガラス玉にしか思えなかった。


「とにかく見てっす! ほーら!」

「姫様、リノに付き合って頂けますか? 私は警備に集中したいので」

「ええいいわよ。リノ、私にも見せて?」


 シアはリノの背後に回って腰を屈め、小さな彼女と同じ目線の高さになる。

 リノはガラス玉の前から顔を退かしシアに場所を譲った。


「ただの透明な玉じゃない……」

「ちゃんと見てっす! 下っすよ?」


 シアがガラス玉をのぞき込んでも、ただ向こう側が歪んで見えただけだった。

 何がおもしろんだ。

 シアがそう感想をリノに伝えると、リノはシアの体を揺すってもっと良く見ろと訴える。


「下? ──あっ」

「ふふーんっ凄いっすよねー!」


 言われたとおりカウンターを見るように視線を下げる。

 すると、玉が固定された金具は透けて見えず、そこには青い海が広がっていた。

 それだけならただ色が塗ってあるだけかもしれないが、その海は波立っていて海鳥も飛んでいた。


「これ何なの? 玉に細工がしてあるのよね?」


 角度を変えながら玉を見てシアが言う。

 玉の中身はシアが瞬きする間に形を変える。

 海鳥が増えたり消えたり、海面から大きな獣が顔を出したり、船がどこからか現れどこかへ流れたり。

 決して一度見た模様には戻らない。


「リノは分からないっす! おじちゃん! これってどうなってるっす?」


 自分が勧めた物にシアが食いついたことが嬉しいのか、リノは笑顔で店の店員に話しかける。

 彼女らが見える位置で他の玉を磨いていた男がその声に反応し、持っていた玉と磨き布をカウンターに置く。


「へっへっえらく気に入ってくれておっちゃんも嬉しいぜ。それはな、嬢ちゃん。離姿球りしきゅうって言うんだ」

「りしきゅー? っすか。凄いっす! りしきゅー」


「それに映ってる景色はな? 実際どこかの世界に有る風景なんだ。その景色を一部写し取って玉に収めてんだ」

「はー説明されてもさっぱりっすー。姫っちは解ったっす?」


 店員の説明はリノには難しかったようで、リノは笑顔のまま首を曲げた。

 そして、まだ玉を覗き込んでいるシアの背中をポンポンと叩く。


「……つまりは動く絵の本みたいな物よね?」

「うーん? まあそんなもんかねえ。おっそうだ! これ見てみな」


 リノの問いに顔を上げずに答えるシア。

 その夢中っぷりに店員の男は苦笑いをしながら、カウンターの下から顕微鏡の様な装置を取り出した。


「なんすかそれ?」

離射鏡りしゃきょうだ。こいつで玉に景色を写すのさ」


 その本体サイズは50センチほどで外側は木製。

 大きな水筒のように細長いそれは太く丈夫な足が付いていて、斜めに固定された筒を支えている。


 筒の底、足の間にはガラス玉をはめる窪み。

 反対側の筒上部には覗き込めるスコープが二つ。


「はぇーそっちの方がすごいっすか?」

「ああ。これが元だからな。見てみな、ほらそっちの嬢ちゃんも」


 店員の男は覗く方をリノ達に向け、シアにも呼びかけた。


「どれどれー? ──っ!? 姫っち姫っち! 凄いっすよ!」


 先にそれを覗いたリノは数秒も経たず驚いた声をあげた。

 そしてシアの背中を今度は強くバシバシ叩く。


「いたっ痛いわリノ」

「リノ。やめろ」

「あっごめんなさいっす。でもでもこっちはもっとすごかったっすから見てほしくて」


 謝り、それでも見てほしいと願うリノの頭を撫でてシアもスコープを覗く。


「わぁ……」

「すごいっすよね!」


 スコープの先に広がる景色は広大な花園だった。

 先の海の景色と同じく、常に変化を続けるそれ。

 だが、景色以前に大きく違う部分が有った。


 それは広さ。玉が海のごく一部を切り取って映しているのに対し、こちらは広い花畑の全てを映している。

 多種多様な種類の花が風に揺れ、蝶が飛び、動物達が安いでいる姿が映っている。


「これすごいわ! こんな景色見たこともない!」

「ほんとっす! おじちゃんすごいっす!」

「へっへっへ。そこまで喜んでくれたら見せた甲斐があったってもんだ。次はこれ見てみな

「どれっすか!」


 シアとリノはすっかりその小さな装置に映る景色が気に入ったようで、店員が出す物出す物どれも褒めた。


 そんな二人を見守る様に立っていたサキだったが、先ほどから気になる事が有った。

 隣の休憩スペースでだらだら喋ってる魔物の二人組だ。

 サキはその二人の会話を雑音の一つとして処理していたのだが、どうにも聞き流せないフレーズが入っていた。


「なあ早く行こうぜ! なんでも活きのいい奴が頑張ってるらしいぜ」

「でも人間だろ? 今から行っても無駄じゃねえか? 死体なんか見たってしょうがねえよ」

「いやいや、今ちょうど半分の休憩時間だ。今から行くのが一番いいんだよ」


(人間?)


 このノマオに亜人や魔人の住人は多い。

 魔法使い等の特殊な職についた普通の人間もそれなりに居るが大抵その職で呼ばれる。

 なので普通に『人間』とだけ呼ばれる存在は少ない。


「半分? そこまで残る奴は珍しいな」

「だろ? ほらチケット」

「第3会場か。わかった」


(3……いや、客は入れないと言っていた)


「それにしても……あいつらも馬鹿だよなあ。なんで飛び入り参加ができるって思うんだか」

「全くだ。希少な素材をそこらの奴にやるわけねえってのに」


 男たちは席を立つとチケットを持ち、コロッセオの方へと歩いていく。

 その瞬間サキの中で疑惑が確信に変わった。


「姫様、リノ」


 サキは未だに離射鏡で遊ぶ二人の背中を掴んだ。


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