65 リカンパ・スペシャル
『さあ! 始まった本日ラストの生贄マッチ! 哀れな生贄、人間のクロウはどこまで耐えることが出来るのかーーー!
実況は引き続き私、魔界に口以外を置いてきた男。リベシャがお送りいたします! よろしくー!』
実況が盛り上げる中、俺と相手はにらみ合っていた。
相手の表情は覆面で隠れているので読めない。
俺が攻め込まない理由は怖いから。
なんたって俺の体より大きな斧が武器だ。
そんなん物相手に近づいて様子を見ようとする奴はそういない。
相手の情報は全くない。
だからまずは一発目の攻撃を避けることに全力を出す。
斧を振ってくる以外のパターンは今考えても無駄なので捨てる。
どの角度で斧が来るかだけを考える。
俺が出せる剣であれは止まるんだろうか。
それは早いうちに試さないと。
『どうしたーー! 両者にらみ合って動かないー! リカンパー! いつもの一撃首狩り殺法を見せてくれー!』
実況がうるさい。でも気にして隙を見せたらだめだ。
俺が無視していると、喋ることが無くなったのか、実況が変なことを客席に向かって話し出した。
『さあ出るぞーーー! リカンパ首狩りスペシャルの構えだああああああ!』
「「「「わああああああああああああ!」」」」
スペシャル!? なんだよその必殺技みたいな名前。
あっダメだ無視だ無視。
俺は実況に舌打ちだけし、リカンパからは目は離さない。
きっと実況のこれは俺を動揺させるための煽り。
敵は全く動いてない。必殺技なんてない。
斧は舞台の床に刺さってるし、リカンパは腕組みをしている。
『さあ皆さんご一緒にーーーー! 5!』
「「「「5ッ!」」」」
無いよな? はったりだろ?
そうだよな?
『はいっ4!』
「「「「4ッ!」」」」
嘘だ。
俺は動かないぞ。目を逸らすな俺。
『3!』
「「「「3ッ!」」」」
大丈夫だ。予備動作が無かった。
絶対何もない。
「「「「2ッ!」」」」
その時、覆面の下で目が光った。
有る! これは有る! 避けなきゃダメだ!
間に合え!
『ラストーーーー! 1!』
「「「「1ッ!」」」」
コールが終わる。
視線を切っても相手の魔力が跳ね上がるのが伝わってくる。
『リカンパ首狩りーーーー!』
「「「「スペシャール!」」」」
ゴウッ!!!
実況と客の盛り上がりがピークに達した瞬間。
大きな音と衝撃がリカンパから発せられた。
横に飛んで避けた俺の体が風に持ち上げられる。
耐えようにも地面が無い。踏ん張りが利かない。
風に弄ばれクルクルクルクル高速で俺の体が回る。
「っや、やば」
俺は今どこにいるんだ。
高さは? 向きは?
あいつはどこだ!?
『クロウが飛ばされたーーーーー! 生贄クロウはこのまま首を落とされてしまうのかーーーーー!?』
キィィィィィィィッ!
「いいぞー!」「一発で決めろ!」「やれーーーー!」
実況達の声の間に金属音がした。
金属の刃を高速で回しているような音だ。
何の音だ!? 目が回って視覚では何も把握できない。
良くない物だという事は分かるのに。
俺は左手をどうにか動かし、腰のカラビナを探す。
あった。指先に金属の輪が振れる。
この前から三つ目を!
俺は腰に下げた紙に包まれた玉、火星石と黒炭を練り上げて作った黒煙玉を爆発させた。
魔力の加えられた玉は熱を発しながら濃い黒煙を吐き出し始めた。
厚く熱い煙が俺を包み姿を隠してくれる。
この煙が伸びる範囲はだいたい半径5メートル。
しかも煙が出るスピードは尋常じゃないので風程度じゃかき消えたりしない。
これなら大きな斧でも当たらないだろ。
『おおーーーーっと!? 生贄の体が黒い煙に包まれていくーー! 下手な味付けは求めてないぞークロウ!』
「死ぬとこ見せろー!」「往生際悪いぞー!」
会場中からブーイングの嵐だが知ったことじゃない。
俺だって必死なんだ。
俺を下から押し上げていた風もちょうどなくなり、体の回転も止まった。
後はせめて地面に落ちるまで煙がもってくれれば。
タンッ!
自分が出した煙のせいで下が見えなかったが何とか着地できた。
落ちた衝撃で足がしびれているが死ぬよりはマシだ。
着地したのは良いが、これじゃ敵のいる方向がわかんないな。
煙が薄まる前に飛び出るか。
俺はなるべくまぐれ当たりが無いように姿勢を低くしながら考えた。
無事に出て、仕切り直しにするには……そうだ! 次は相手の目を奪おう!
俺は右のホルダーから魔法が埋め込まれた紙の束を取り出す。
束になっていてもどれがどのタイプの魔法かちゃんとわかる。
『臆病者だーーーーー! 威勢よく挑んだクロウ! なんと臆病風に吹かれ隠れたーー!』
「出てこい!」「つまらねえ試合すんな!」
ここまでアウェーだと相手サイドの怒りが嬉しくなるな。
「これだっ!」
一種類の魔法を手元に残し、他はしまう。
手に持ったのは金星石のカード。
昨日サキにいたずらした時の物だ。
いたずらに使った物は素材の状態だったがこれはちゃんと術を埋めてある。
両手に半々、2枚ずつ持ち魔力を込める。
「お前ら! うるせえんだよばーーか!」
俺は魔力に反応して光りだしたカードを周囲に投げた。
斜め上気味を意識し、どこに居ても光が当たる様に。
カッ! カカカカカカッ!
このカードに入れた術、【ミクロギャラクシー】は小さな星を作り周囲を照らすという物らしい。
本当なら暗い部屋でプラネタリウムごっこをする魔法らしいが、
光量の多い鉱石を触媒に発動させれば真昼の屋外ですら目撃者の目を眩ませてしまう。
『なんだああああ!? 目、目がああああああ!?』
「「「「ぎゃああああああ」」」」
こういう風に。
それにしても実況も客もノリが良くて素晴らしい悲鳴だ。
俺は煙からそっと出た。
今までずっと声を出していないリカンパが術にかかったか確証が持てなかったからだ。
だがそれも杞憂だったようで、煙のすぐ横で大柄のマスクマンも顔を抑えてうずくまっていた。
「ごめんな」
俺は剣を作り、背中からリカンパを切った。
勝ち負けのつけ方が分からなかったのと、半端にやって逆上されたら困るから。
俺の足音に反応してリカンパは斧を取ろうとする。
だが流石に俺が剣を振る方が速く、背中を切られた大男は血を流してどさりと床に倒れ、起き上がることは無かった。
『──っぐ!? ようやく視界が回復しました! 実況を続けます!
っと!? おおおっとお!? なっなんとリカンパが倒れているーーーーー
なっなななんと! 生贄、クロウ! 卑怯な闇討ちで勝利を収めたーーーーー!』
「「「「ブーーーーーーーー!」」」」
こいつら倒れた奴の心配もしないのか。
あくまでも興行優先の実況と客に嫌気がさし、俺は控室に戻ろうとした。
たしか勝ったら一度アイテム補充に行けるはずだ。
いつ次が始まるかわからないが少しでも休もう。
『みんなーーー! リカンパの無念を忘れるなーーー!』
「「「「うおおおおおおお!」」」」
「付き合ってらんないわ」
舞台を降りようとしたが係の魔物が通してくれない。
まさかこの実況を最後まで聞けってのか?
『この無念は次のボスへ受け継がれた! さあ登場だーーー!』
「「「「おおおおおお!」」」」
「は? 今度は先に顔合わせが有るのか?」
ああ、見てから対策を考えさせてくれるんだな
『第二試合開始だーーーーーーーーーー!』
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお」」」」
「はぁ!?」
開始!? 休憩は!?




