64 予選?
シア達がテントから出ていくのを見届けた後、俺は3と書かれたゲートの前に立った。
起動していないゲートに引いたクジをかざすとゲートフレームに薄緑色の膜が張り、ぼんやりと転送先の風景が映った。
「どこかの部屋? 更衣室みたいだな」
ゲートに映った景色は赤い床の狭い部屋で、ベンチとロッカーが一つあるだけだった。
まだ予選が始まらないと言うし、待機用の個室かな。
俺は一度テントの中を見回した。
このゲートは今まで閉じていた。
という事は向こうからは開けられない可能性が高い。
つまりどんな世界に行くか分からない上に、自力ではここに戻ってこれないという事。
下手したらもうここには帰ってこれないんじゃないか。
ゲートを開けての今更足が竦む。
彼女らが今もう一度止めてくれたら俺もやめるかもしれない。
口には出さず十秒ゆっくりと数える。
「……10。いくか」
自分でカッコつけたんだ。やらないと。
俺はふっと息を強く吹き、足を動かした。
──────────
ゲートというのは設置点同士を何度も繋げると、通行人が感じる体感移動時間が減少する。
俺たちのダンジョン【ファ・ミーゴン】はゲートがほとんど常に開きっぱなし。
だからゲートを通る時も何もない道を通るのと変わらない。
しかし、今回のゲートは入ってから目的地に着くまで体感で5分はかかった。
ほぼ同地点に他の予選参加者が行っているはずなのにおかしいな。
「どういうことだ? もしかして当たり引いた?」
たまたま3番のゲートだけ他の選手がほとんどいないとか?
でも三千人も参加者がいて、クジは5までしか無いのにあり得るか?
気味の悪さを感じながらも俺は部屋の中を調べた。
すると、ベンチの上に紙切れが一枚置いてあった。
そこにはルール説明としてこんなことが書いてあった。
『
1・試合開始時間まで扉は開かない。
2・所持品は戦闘に使わない物はロッカーに入れろ。
3・ロッカーに入れたものは勝敗にかかわらず試合後取り出せる。
4・もし自力でロッカーから荷物を取り出せない場合記入されたダンジョンへ荷物は届けられる。
5・戦闘の意思を持ちここより帰還することで予選のクリアとする。
』
5番の意味がよく分からないが、他の事はわかる。
つまりここに持ち込んだアイテムを預けて戦いの準備をしろってことだ。
俺はカバンをベンチに下ろし、持っていくアイテムを選んだ。
まずアイテムをぶら下げるベルト。
俺の今の格好は完全に街にお出かけする普通のお兄さんだ。
アイテムを入れるのもズボンのポケットしかない。
だからガンベルトの様なカッコ良くて太いベルトを腰に付けた。
左側にはアイテムをぶら下げる複数のカラビナ。
右側には小さなアイテムを入れられる口の大きなポケット。
ベルトが取れないように固く引き絞って、カバンから取り出したアイテム達を装備する。
持っていきたいものをだいたいつけ終えると、俺は一度その格好で飛び跳ねたり部屋の中を走ったりしてみた。
アイテム同士がぶつかりカチャカチャうるさいが動きは阻害されない。
「これでいいかな……いやもうちょっと何か」
持っていくものは本当にこれでいいのか。
ベンチに座って一人で待っていると、他にやる事もないせいでついそんなことを考えてしまう。
まだ何かいい物が有るんじゃないか、カバンをまた開けようとした時、部屋唯一の出入り口上についたランプが光った。
「来たか……じゃあ行くか」
開けかけたカバンを閉じロッカーにしまうと、俺は部屋の扉を開いた。
扉を開けると、大音量の音楽がけたたましく鼓膜を揺する。
『さあ! やあってまいりましたあ! 今回の犠牲者だああああああああああ』
「うおーーー!」
「キャーーーーーー!」
顔をしかめながら廊下を歩いていくと、スタジアムDJの様な男の声が聞こえた。
そして観客の大歓声も。
俺はそのうるささ全てに思わず耳を塞いだ。
客居るのかよ。
しかもなんていった今、犠牲者? 俺の事か?
どういうことだ。
廊下の終わりが20メートル先に見えた。
暗い廊下の先は明るい円形の舞台。
その周りには地面がある。
『犠牲者はあああ! ランク2! 最底辺からのチャレンジャー!』
「ひっこめー!」「ちょっとは頑張れよー!」「死ねー!」「早く殺されロ!」
舞台に近づくと客のヤジも明確な言葉として認識できる。
俺……騙されたな。
これ、参加者は殺される事を求められてるんだ。
あそこで受付をした参加者全員がこうなっているのか?
それとも俺が見くびられた?
今更足を止めても引き返してももう無駄だろう。
俺は光射す戦いの舞台に進み出た。
『さあ! 登場だああああああああ! 人間・クロウタ!』
「人間だあ?」「ひっこめー!」
「雑魚はお呼びじゃねえ!」
「ばーか」
高く積まれた石壁とその上に大勢の魔物達。
つまり客が好き放題ヤジをとばしてくる。
大小種族カラー様々な魔物達が俺を見ている。
一人で舞台に立って見世物にされるつまらない思いをしていると、マイクを持った女の人が近寄ってきた。
「はぁい! 気分はどぉう?」
「良いと思う?」
俺はその女の人、受付の褐色獣耳お姉さんに答えた。
俺の声は彼女の持つマイクから会場全体に届けられる。
「ふふっいい顔よ。そういう顔をした子がみーんな大好きなの。そうよねー!」
「おーー!」「ミネアちゃーーん! 俺だーー! 結婚してくれー!」
「人間! 俺と変われー!」「さっさと死ねー!」
ミネアと呼ばれたお姉さんはとても魔物達に人気なようで、一言会話しただけでヤジが一気に増えた。
「ずいぶん人気だね。俺も喜んだ方がいいの?」
「ありがとう。貴方も人気よ」
「さっさと死ねー!」「試合始めろー!」「早く血を見せろ!」
「人間の肉食わせろ! へっへっへ」
これ人気なのか?
さっきから死ねしか言われてないんだが。
『さああああ! 続いてはあ! 迎え撃つボスの登場だーーーー! 首狩り・リカンパあああああああ!』
「きたあああああああ!」「一発で決めてくれー!」
「斧くれええええ!」「俺も切ってくれー!」
DJのコールで現れたのは赤い覆面を被った男。
体格は普通の人間くらいだが、分厚い筋肉と体以上の大きさの斧を持っている。
斧は大きいのにとても鋭いらしく、舞台にサックリと刺さって自立している。
「じゃあね、クロウちゃん。もし勝ったら良い事してあげる」
「そりゃ楽しみだ」
ミネアはマイクに乗らないようこっそり俺に耳打ちをして舞台から降りて行った。
『さあ始まるぞおおおおおおおおおお! おめえら準備はいいかあああああああああああ』
「「「「うおおおおおおおおおおおおおお!」」」」
試合開始のゴングが闘技場に響いた。




