63 予選受付
「シア、続き書いてくれたか?」
俺はシアの横に立って手元をのぞき込んだ。
渡してから数分も経ってないし、俺も用紙埋めが終わってるとは思ってない。
「あっごめんなさい。忘れてたわ」
だからシアが手を付けていなくても別に気にならなかった。
そりゃあ後ろで喧嘩してる中で気にせず書く方に集中しろって言われても難しいよな。
「いいよいいよ。じゃあ書くから貸してくれ」
「ええ……あら?」
テーブルの上の紙を持とうとしたシアが手を止めて疑問の声を出した。
「どうした? 変な質問でもあったのか?」
「そうじゃなくて。……サキ、貴女が書いてくれたの?」
シアは俺に紙を渡しながらサキの方を見て一つ訊ねる。
シアの話しを聞いた俺も用紙を見たが、確かに空欄のほとんどに文字が入っていた。
残りは、怪我をした際に求める処置方法や、戦闘行為による命の危険等への承諾サインを入れる欄だけだ。
「はい。ほぼ埋め終わりました。早く手続きを済ませましょう」
「おーありがとうサキ。これならすぐだからちょっと待っててくれ」
サキが埋めてくれた項目数は20個ほど。かなり助かる。
残りを埋めているとリノが興奮した様子で話しかけてきた。
「クロウっち! カッコよかったっすよ! ズバーンって!」
「そうだろ? 練習したんだ」
俺はペンを走らせながら得意げに答える。
アイテムを作っている間に暇な時間がかなり有った。
俺はその空いた時間で新しい呪文を考えていた。
その成果がさっきのシールドとブレード。
戦いで一番大事なのは自分の身をどう守るかだとダンジョンで知った。
相手は容赦なく遠距離攻撃をしてくる。
それなのにこっちの対抗手段が遅いファイヤーボールやアイテム投てきじゃやられ放題。
遠距離からの攻撃を防ぎ、返しに遠距離で打ちぬく方法がいる。
そういうコンセプトで作ったセットだ。
「姫っちも見惚れてたっすよ!」
「──リっリノ!」
「そうなのか?」
リノの話しを聞いてシアの方を見ると、彼女は照れたように顔を逸らした。
その反応がなんだかおもしろく、俺は意地悪にもう一度聞きなおす。
「どうだった? シア」
「あっあれくらい倒して当然よ。私たちの夫なんだから……まあちょっとだけカッコ良かったって認めてもいいけど」
「へへっ大会ではもっとカッコいいとこ見せるからちゃんと見ててくれよ」
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「お姉さん、書いてきたよ」
「はいえーっとマルっと。うんこれで受け付け完了よ」
書き終えた紙を受付のお姉さんに渡すと、お姉さんは紙の下の方に自分のサインを書きそれをクルっと円で囲った。
お姉さんはその紙を畳むとまた俺に渡してきた。
「あとは向こうに行けばいいのか?」
紙を受け取った俺がコロッセオを指して言うとお姉さんは首を振り、その隣のテントを指した。
「ううん。ごめんね。君はあっちなの」
「あっち? あのテント?」
テントの周りには人影が少なく。
大きなコロッセオの陰になっているせいで日当たりも悪い。
にぎやかな祭り会場の雰囲気から隔離されたような寂しさがある。
「そう、まずは予選から。頑張ってね」
「予選か。ちなみに参加者って何人くらいなんだ?」
「そうねー今で三千くらいかしら。本選には50人進めるわ」
参加者三千人で本選が50人か。
突破だけでもかなり厳しいな。
「ありがとうお姉さん」
「頑張ってね。応援してるわ」
お姉さんの全く気持ちのこもっていない応援を貰って俺は受付から離れた。
シア達の所に戻って次に行くところを話す。
「どうだったっすかー?」
「予選が有るんだってさ。あっちのテントで」
俺がテントの事を言うとみんなもテントを見た。
大きなコロッセオと陰気なテント。
それを見た感想はだいたいみんな同じようなものだった。
「あっち? 全然人いないっすよ?」
「それにあのサイズでは客が入れるかもわかりませんね」
「クロウ、貴方騙されてない? 誰も近づいてないわよ」
「予選だからな。普通の客は本選だけ見るんじゃないか? みんなは見てくれるんだろ?」
「当然です。姫様、それでよろしいですよね」
「見てないところで怪我されるのは嫌よ。私の前で倒れてくれるなら治せるもの」
「リノはいっぱいカッコいい呪文見たいっす!」
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シア達を連れてテントの中に入ると、その中にはゲート枠が数枚並んでいるだけだった。
他の参加者の姿も全くない。
「誰もいないじゃない。やっぱり騙されてるのよクロウ」
「受付で嘘なんか言うか?」
「いえ姫様、確かに魔物の気配はあります」
人気のないテントに俺たちが不審がっていると、どこからか一人の女の人が現れた。
受付のお姉さん達よりもう少し年のいったお姉さんだ。
「お兄さんたち参加者? なら参加券をちょうだい。そしてクジを引いて待っててね」
そのお姉さんは大きな黒いツボを持っていた。
ツボは中に紙が入っているようで、お姉さんが振るとカサカサと音が鳴る。
「参加するのは俺だけで彼女たちは応援。クジってなんのです?」
「あら! ずいぶんモテモテなのね。クジはそのゲートの番号を決める物よ。
引いた番号のゲートに入って、そこで勝ち抜いた子が本選に出れるの」
「じゃあみんなゲートに入ってるんですね」
「そうよ。時間が来れば開始の合図があるわ」
説明を受けクジを引くと3と数字が書かれていた。
参加受付締め切り時間が来れば分かるらしい。
「入れるの参加者だけだってさ。シア達はどうする?」
参加者だけ入れて、客は見ることもできない。
それならこのテントに人気が無いのも当然だ。
「大丈夫なの? そんなどこかもわからない場所に連れていかれて」
「私もやめておいた方が良いと思います。そこまで危険を犯す商品ではないのでは?」
シアとサキは俺がゲートに入ることに反対のようだ。
戦うことは良いけど見えないところに行くのはダメらしい。
「リノは? リノも反対?」
一人、特に反応していなかったリノにも意見を聞くと、リノはきょとんと首を傾げた。
「リノっすか? クロウっちが出たいならいいんじゃないっすか? だって勝つんすよね」
「──ああ! 俺は勝って戻ってくるよ」
「ほら、ならリノ達はお祭り見物でもして待ってるっす。姫っちサキっち! 行こうっす」
リノは笑顔でシアとサキの手を握り、屋台巡りをしようと誘う。
「本当に帰ってくるのよね?」
「当たり前だろ?」
「……わかったわ。サキ、屋台を見に行きましょう」
「姫様がそうおっしゃるのなら」
シアは深いため息を吐きながら。サキは渋々といった様子でテントを出て行った。




