7話 知らないダンジョンとオークの娘
監督が何度か大声を上げると門が左右にスライドし始めた。
ギィギィと鈍い音をたてて分厚い木の門が動いていく。
門の内側には白いツルツルの石が敷き詰められ、同じ材質の高い柱がいくつも建っている。
ダンジョンという言葉の物々しさとはかけ離れた中世の洋風なお城といった感じの内装だ。
床の敷物や柱にかかる装飾も戦いの現場に似つかわしくない丁寧で上品な物。
入口から少し行ったところに上階へと行けそうな大きな階段が見えた。
「監督、ここダンジョンなんですか? 綺麗すぎません?」
「俺の可愛い姫様がいるんだ、中身が相応しくねえとダメだろ。それともなにか? 文句あんのか? ああ!?」
「いやいや! 文句ってのはないですけど……こんな場所で戦うんですか?」
俺もダンジョンにそこまで詳しいって程ではないけど、仕事でそれなりの数を見てきた。
岩や池が有る自然な感じのダンジョンや、人工物しかないメカニカルなダンジョン等が有ったが、どこもいくら掃除しようと消せない薄らとした血の匂いが有った。
それなのにここは見た目だけじゃなく場の空気すら綺麗だ。
こんな所に連れてこられても、よし! 暴れてやろう! なんて気分にはならないと思うんだが。
それに、入口から見える範囲に誰もいないのも気になった。
これじゃあダンジョンに冒険者が来たとき防衛網を引く前に好き勝手に歩き回られる。
使い捨ての使い魔くらい配置ておけばいいのに。
「グハハハハッ! クロウ、ずいぶんと変な顔してんな。言いたいことがあんなら言ってみろ」
「いえ、まあそりゃ少しは思うところも有りますけど別にいいです。それより俺に何しろって言うんすか? 正直ダンジョンって感じしなくてやる気出ないんですけど」
「まあ流石に少し綺麗過ぎたかもしれねえな。おっ誰か出て来たな。ありゃぁリノか。おーーーいこっち来い」
未だに門の中に入らず外から内部を見ながら好き勝手に色々と言う俺たち。
すると、中央の階段を下りてくる影が有った。
監督はその影が誰なのか知っているらしく、名前を呼んで手招きしている。
「はーい! リノを呼ぶのは誰っすかー? って親分さん! おひさーっす。姫っちに会いに来たなら勝手に上がってっていいっすよー?」
「グハハハッ俺も顔をみてえが忙しいんだ、今日はもう帰らなきゃなんねえ」
「ええー……そうなんすか? 残念っすねー」
「まあいいじゃねえか。それより今日はあいつにプレゼントを持ってきたんだ。リノ、お前が持ってってくれねえか」
「プレゼント! いい響きっすねー! 親分さんリノにお任せあれっすよ!」
階段を元気よく駆け下りてきたのは一人の女の子だった。
それも、人間の子だ。
その子は、背が俺よりかなり低く、群青色の髪を後ろでまとめオーバーオールを着ていた。
この街には人外の魔物か、変な魔法使いしかいないと思ってたけど、俺以外にも普通の人っているんだ。
それにしても……あの子、親しそうに監督と話しているけどここがノマオじゃなきゃ俺は慌てて警察を呼ぶ絵面だな。
監督が一口で丸呑みにしそうなくらい身長差がある。
というか、監督はプレゼントを持ってきたとか言ってるがどこに有るんだか。
両手は空いてるし、他に荷物はなさそうだけど。
「クロウ、ほら来い」
ぼーっと、美女と野獣というのはこういう構図かと考えていたら、監督が俺の背中をバシンと叩いて前に押してきた。
自己紹介でもしろっていうのかな。
「この人がそうっすか?」
「ああ、そうだ。よろしくな。クロウ、こいつはリノ、チャンプの娘だ」
「ああはい。俺は九ろ……はぁ!? 今なんて言ったんすか監督!?」
この子が誰の娘だって!? あれが結婚してて、しかも娘が居て? それでもって全く似てねえ!
「あははっクロウっち、めっちゃびっくりしてるっす! 面白い顔っす!」
「だろ? こいつは反応がおもしれえんだ。死なねえ程度にこき使って良いぞ」
「いやいや、いやいやいやちょっと楽しそうに話す待ってくださいよ! この子があのチャンプさんの娘って冗談でしょ!?」
「むー。リノが父ちゃんの娘じゃダメなんすか!」
「グハハハッお前はしっかりとあいつの子だ。目元とかそっくり同じだろ」
「ほんとっすか! 良かったっすー」
「ガハハハッ」「あはははは!」
「だから俺を置いてけぼりで歓談すんのやめろ! タコ親父!」
「じゃあ、任せたぞリノ」
「あいあい了解っすー!」
結局録な説明もせずに監督は立ち去り、俺はチャンプさんの娘を名乗る女の子と一緒にダンジョン前に置いていかれた。
状況に頭がついていかない。
適当なダンジョンに挑まなきゃいけないのかと思って来てみれば、父親と全く似ていない女の子を紹介されただけ。
しかも監督は一人で帰って行きやがったし。
……いや、もしかしたらこれはチャンスなんじゃないか?
親があのデカイオークでもこの子は可愛い。しかも性格も良さそうだ。
なら仲良くしない手は無いんじゃないか。いや、絶対仲良くなるべきだ。
「……えっえーっとリノ、ちゃん? 俺はくろう……何してんだ?」
「んぇ? リノはっ! はぁっクロウっちを! 姫、っちに! プレゼントするっす! 大事なミッションに挑戦中っす!」
立ったまま急いで頭を動かしあれこれ考えていた俺。
その結果彼女と仲良くなるべきだという素晴らしい答えを導き出し自己紹介からやり直そうとしたら、その彼女が俺の手を引きダンジョンの方へと行こうとしていた。
というかプレゼントって俺かよ! ふざけんなあのタコ!
息を切らせながら俺を引っ張ろうと力を込めるリノちゃん。
悲しいことに彼女が掴んだ俺の手には全く力が伝わってこない。
んー! んー! と唸る彼女のために、俺は彼女が転ばないようゆっくりとダンジョンの方へと歩き出した。