62 喧嘩
「シア、これ続き書けるとこだけ書いといてくれない?」
「いいけど……危ない事しないでよ?」
「クロウっち大丈夫っすか?」
俺は紙をシアに預けて一歩前に出た。
緑色の男は身長が3メートル近い巨体で、目を合わせるにはかなり角度をつけて見上げなければならない。
俺を見下ろすのがよほど楽しいのか、男はにやけた面をしている。
緑の肌、とがった耳と鼻、それと濁り切った赤い目。
モンスターのスタンダードといった感じの男だ。
「それで何の用だ?」
俺は少し怒気を込めて男に訊ねた。
どうせ俺みたいな人間が女を3人も連れていることにやっかんでの事だろう。
「いや? 俺は親切心で忠告をしてやろうと思ってな」
男はにやけ面のままとぼけた様に肩をすくめた。
こちらが警戒しているというのは分かっているだろう。
それどころか、むしろそれが面白いとでも言わんばかりの態度だ。
「忠告? ありがとう。でもいらないから他所いってくれ」
俺はさっさとどこかに行ってくれと願いながら言葉をぶつける。
もしかしたらこの場で殴り合いにでもなるんじゃないか。
表に出さないよう気を付けていたが、その心配で心臓はバクバク鳴っている。
この前、何度か知らない魔物達と戦闘をしたので今自分がどの程度動けるかは把握できている。
でもあれはほぼ誰も見ていない隔離された場所での事。
こんな大勢が見ている前でただの喧嘩に負けたら赤っ恥どころじゃない。
それにシア達も一緒にいるんだ守らないと。
「俺が教えてやるって言ってんのになんだぁその態度。ああ?」
「だから俺もいらないって言ってるだろ。図体デカすぎて耳まで遠いのか?」
「あぁん! ランク2の! ザコが俺様を誰だと思っていやがる」
ああなんでこいつがそんなに威張ってるのかわかった。
先に俺がランク2と紙に書いたのを見たのか。
弱そうな奴を探してたってわけだ。
ダメだな。これは殴り合いの喧嘩になる。
俺は折れるわけにはいかないし、相手も俺を馬鹿にして話しを聞かない。
「耳は遠いのに目だけは良いんだな。デカい図体を生かして見張り番でもやったらいいんじゃないか?」
「このっ【腐夜の大穴】支配者のギラーズ様に見張り番をやれだぁ? 殺されてえのか? 糞ガキ」
「殺されたくないし。アンタを殺したくもないから早くどっか行ってくれ」
「死ね! アガー・アタ」
とうとう男、ギラーズが攻撃してきた。
しかも拳じゃなく魔法でだ。
ギラーズの長く細い腕についたリングがジャラジャラと音を鳴らし、黒い輪状の炎が俺に向かって飛んで来た。
相手が呪文を唱えてから術が俺に届くまでの時間は数秒も無った。
だが覚悟をしていたお蔭で対処できる。
「ファイヤシールド!」
俺が唱えたのは火の玉ではなく、単なる炎。
突き出した俺の右手から円形の炎が盾のように広がっていく。
ただ炎を出しているだけだが、魔力を放出し続ければこの盾はいつまでも持続する。
シュボッ!
深紅の盾に一瞬黒い影が混じり、消えた。
消せた! よかった。
なら次は俺が反撃していいよな。
俺はギラーズから見えないように左手に剣を作った。
「なっ!? っち」ドッ──
「ファイヤーブレード!」
ギラーズが次の術を出すより先に俺は剣を振り抜いた。
剣は短くとても相手には届かない。
だから俺は、左手の剣が右手のファイアを通る瞬間にファイアの拘束を解いた。
出せば周囲に飛び散るのがファイアの性質。
それを魔力で掴んで自分の傍に留めて作ったのがファイヤーシールド。
掴む魔力を無くせば炎たちは好きに暴れまわる。
俺は散ろうとした炎を剣で掬い上げ、剣と合成し一本の炎の大剣に作り直した。
そして、その大剣でギラーズの胴体を貫く。
刃自体はギラーズに刺さらずに炎だけが体を焼く。
「グッ……糞ガッ!」
ちょうど肺が焼けたのかギラーズは苦し気に息を乱しその場に倒れた。
あれ、もしかして死んだか?
剣を消し俺はギラーズの顔のそばに近づいた。
「コフュー……コフュー……」
よし息はある。じゃあいいな。
生きているなら参加用紙を書き終えてから救護に連れてこう。
放置してもいいけど死なれても嫌だし。
用紙の続きを書くためにテーブルに戻ろうとすると、紙が1枚ズボンからはみ出ている事に気づいた。
大会の参加用紙と似ていたので俺はこっそり抜き取った。
触れてみるとごわごわした紙質。やっぱり大会の参加用紙だ。
俺は無遠慮に折りたたまれたそれを開き個人情報を眺める。
あそこまで偉そうにしていたこいつがどのランクか気になったからだ。
えーっと『ギラーズ・フッツァ。所属ダンジョン腐夜の大穴・地区──ランク5』
「ランク5ってほとんど変わらないだろ……よく威張れたなこいつ」
俺は呆れながら紙をまた畳んでズボンに戻してやった。
ランクが8とか9がランク2を見下すのならわかるがランク5って……。
ランクを上位下位に分けたら同じ下じゃないか。
それとも魔物達の中ではその差は絶対なのか?
俺は何とも言えない肩透かし感に頭を掻きながらテーブルへ戻った。




