61 大会受付
人込みではぐれないよう互いに手を繋いで固まって歩く。
リノとシアを中に挟んで俺とサキが外側だ。
目的地はそこだというのに間の二人が屋台に目を奪われ全然近づけない。
「ねえクロウ、あれってなんなのかしら──うわぁ……食べたわ」
「どれだ? 俺からじゃ見えないぞ。それより先にポールに行かせてくれ」
「サキっちサキっち! クロウっちを応援してる間にリノは何か食べたいっす!」
「はぁ……後で連れて行くから少し我慢しなさい」
「今日ってその何とか大会しかないっすよね? そんなに面白いっすか?」
「まあ娯楽として格闘技系は強いんじゃないか? やっぱりみんな安全なところから血が見たいんだろ」
「ねえクロウ!」「……今度はなんだよ」
やっとポール近くまでたどり着けた。
紫のポールは大きなパラソルから伸びていて、その下には円形の長机が並んでいた。
机の内側にはきわどい恰好をしたお姉さん達。
ほとんど水着な悪魔のお姉さん。
大事な部分だけ毛皮で覆われた獣耳のお姉さん。
ピンクの光沢がまぶしいメカニカルなお姉さん。
表情も読めないゼリー状のお姉さん。
等々とバリエーションが豊富だ。
俺はちょうど空いた所に近づく。
「はぁい! お兄さん大会参加希望者?」
机のそばに寄ると、獣耳のお姉さんが可愛らしくウィンクしながら対応してくれた。
褐色の肌にオレンジの毛皮を纏うとてもワイルドなお姉さんだ。
「はい。まだ間に合いますか?」
「ええモチロン、良かったわね。もうそろそろで締め切りの時間だったわ。はい参加用紙」
お姉さんは机の引き出しからごわごわした長い紙を一枚取り出して俺の前に置いた。
さっと眺めただけだがずいぶん書く項目が多いな。
「ありがとう。あっ書くもの借りれます?」
「あっちのテーブルに置いてあるから必要なことを書いたらまた来てちょうだい、待ってるわ」
「あっち? わかりました。ありがとうお姉さん」
「バーイ!」
俺がお礼を言って離れようとすると、お姉さんは最後に投げキッスまでしてくれた。
祭りの華役といってもすごいサービス精神だ。
「あっちでこの紙に必要事項を書いて来いってさ」
「……クロウ」
受付待ちの魔物でポール付近は混んでいるのでシア達には少し離れた場所で待っていてもらった。
紙を持って彼女らの所に戻りそれを見せると、シアは黙って一発俺を叩いてきた。
中々力がこもっていて痛い。
「痛っ! 何すんだよ」
「何って貴方が戦いの前なのにへらへら鼻の下を伸ばしてるから叩いて戻してあげたのよ」
ヘラヘラってそりゃ可愛いお姉さんにやさしくされたら気分も上がるだろ。
全く理不尽だ。
リノとサキも無言だし。
まあこれも可愛い嫉妬心と思おう。
俺はむくれたシアを連れてテーブルへ向かう。
お姉さんが言っていた所には高さがバラバラなテーブルが十数個並んでいた。
俺が書きやすい高さのテーブルがちょうど空いていたのでそこに用紙を広げる。
「えっと……これってちゃんと変換されるんだよな」
用紙の設問はどれも読めるが、俺が書いた言葉が向こうに伝わるかは別だ。
なので俺はまず名前だけ記入した。
「シア、読めるか?」
俺はその紙をまだ不機嫌顔のシアに見せた。
機嫌を取るのでもなく、怒り返すわけでもない。
あくまでも普通の態度で。
八つ当たりしている人に付き合ってこっちまで怒ってもしょうがない。俺は悪くないんだから。
「読めるわよ。サカキ・クロウタ、でしょ? 貴方……名前クロウじゃないの?」
膨れていても俺がとり合わないことに気づいたのかシアも怒る振りをやめたようだ。
「監督が俺の事を縮めて呼びだしたんだよ。それにシアだって名前長いだろ?
グローリア・バンクシアのシアしか使ってない。一文字短いだけの俺なんて可愛いもんだ」
「……私の名前覚えてたんだ」
「ん? 家族なんだから当たり前だろ」
読めるって分かったしあとは普通に書くか。
えーっと名前の次は所属ダンジョンと所属地区。
地区はランク2のえーっと……そうだカーハル東だ。
それとダンジョン名?
名前有るのか? あの家。
「なあ……俺たちの住んでるダンジョンって名前有るのか?」
俺はシア達に聞いてみた。
みんなは何を言ってるんだこいつという顔で俺を見る。
「クロウ様名前のないダンジョンはただの洞穴と同じです。
名前を付けそこに住むことによって初めてダンジョンはダンジョンと認識されるのです」
「へーじゃあなんていうんだ? 書いてくれよ」
俺は場所とペンをサキに渡す。
俺からそれらを受け取ったサキは細く滑らかな字で短い言葉を紙に書いた。
「ファ・ミーゴン? あってる?」
「ええ。華の迷宮という意味です」
「あそこってそんな可愛い名前だったのか」
あのダンジョンに華要素あったか? 石しかないだろ。
俺がまだ見てないダンジョンのメイン部分には華が有るのかな。
シア達と話しながら書いていると、男の声が背後から聞こえた。
「オラっ! 書いたんならさっさと退きやがれガキが」
他のテーブルは少し離れているからきっと俺に向けて言っているんだろう。
だが俺はまだ自分とダンジョンの名前しか書いていない。
書くべき項目はまだまだ多い。
「あー悪いまだ書いてないから他使ってくれ」
だから俺は振り向かず答えた。
隣ではサキがその声に警戒しているが手で押さえる。
これから大会が始まるのに今もめ事を起こす馬鹿な奴はいないだろう。
「わかってねえな。さっさと退けっていってんだろ」
「だから使ってるっての。馬鹿か?」
しつこい声に振り返ると図体が大きく、緑色の皮膚をした魔物が俺を見下ろしていた。
近くのテーブルを見るとこいつサイズの物は空いている。
ただただ俺に喧嘩を売りたいだけか?
そりゃあこれだけ大きな大会だ馬鹿だって混ざってるか。
俺は呆れてため息をつき、ペンをテーブルに置いた。




