60 魔物の群れ
「祭りってどれくらいの数が集まるんだろうな」
俺たちは駅まで歩いて向かっていた。
ナクチュ地区までは最寄り駅からポータルで一本だ。
サキは馬車を呼ぼうとしたのだが、シアがどうしても歩きたいと駄々をこねた。
「そうですね……1万ほどではないでしょうか」
「うぇーそんなに来るんすか? 信じられないっす」
リノは駅へ向かう近所の住人たちを見て言った。
いつもより多い人通り。といっても数人が数十人になったくらい。
確かに大きな祭りというには少ないかもしれない。
だがそれでも寂れたランク2地区では大きな変化だ。
これがもっと活気のある地区でも同じなら、数万ぐらい軽く集まるだろう。
「ねえねえクロウ! あっちの建物ってなに?」
「ん? どれだ?」
のんびりとした会話に混ざってこなかったシアが俺の肩をトントントントンと強くたたく。
何か珍しい物があったのかと彼女が見ている方を向くと、小さな喫茶店のオープンテラスで年老いた魔物が数人お茶をしているだけだった。
あのじいさん達にはお祭りも関係ないのかな。
「ああ、あれか。お茶と簡単な飯を出してる店だろ」
「お金を払って食事をするの? ……それってサキが作る物よりも美味しいの?」
「いや……」
シアはただ気になっただけで質問に深い意味は無さそうだが、その後ろから俺を見ているサキの視線が怖い。
そりゃあサキのご飯は美味しい。
だけど相手は金を取るプロだぞ。
「この街は色んな魔物が来るからな。だから店ごとに味もバラバラ。俺は知らない店に行くよりもサキの料理の方が安心できるよ」
「そうなの? ならきっと私もそうなのね! サキ、今日の昼食って──」
今のシアなら俺が何を言っても笑って受け入れてくれるんじゃないか。
そう思ってしまうほど彼女は浮かれている。
シアの興味が俺からサキに移ると、サキは片手に持ったバスケットを肘の高さまで上げた。
「はい。手軽に取れる物を用意してあります」
「ありがとう。楽しみだわ!」
店を一つ過ぎる度シアに肩を叩かれたが、祭りの空気のおかげか特に気にならなかった。
──────────
「駅についたぞ。シアはぐれるなよ?」
俺が一人で来た時より三倍ほど時間をかけて俺たちは駅へ着いた。
転送ポータルが数個有るだけでいつもはガランとしているこの駅も今日は利用客が絶えない。
「馬鹿にしてるの? 子供じゃないの、よ……ク、クロウ!? 事件よ気を付けなさい!」
シアは駅に来るのが初めてらしく、ポータルに魔物達が吸い込まれていく様子を見てプチパニックを起こしていた。
「ぅ? どうしたんすか姫っち」
「リノ! 危ないから近づいたらダメよ。離れていなさい」
シアが騒いでいる理由が分からないリノは彼女を追い越して駅へと入ろうとする。
だが、シアはそんなリノの体を抱き留めた。
「姫様これは──。クロウ様、なぜ止めるのです」
戸惑うシアにサキが仕組みを教えようとしたので、手でその口をふさぐ。
サキは眉を寄せ割と本気で怒っている。だが俺はそのままリノとシアの様子を見せた。
「楽しませてやれよ」
「楽しむって……」
「早くいかなきゃ始まっちゃうっすよ? ほら姫っち」
「ダメよ! 」
リノは駅の中へシアを連れて行こうと、自分の腰を掴んだシアをけん引する形で進んでいく。
シアは逆にリノの体を抱え上げて駅から遠ざけようとした。
「ぅー大丈夫なのに……あっじゃあリノと一緒に行くっす!」
引っ張って引き戻して。
何度かそのやり取りをした後、とうとう焦れたリノが爆発した。
リノはシアの腕を潜り抜けると背後からシアの体を抱き上げた。
「えっ!? きゃあああ! リノ! 降ろしなさい!」
「いいから行くっすよー。サキっち、クロウっち! 先行ってるっす」
「おうポータル近くで待っててくれ」
「リノ。姫様をもっと大事に扱え」
降りようと暴れるシアを難なく抱え続けてリノはポータルの中へ入っていく。
「やめっやめなさい! サキっ! クロウっ! た、助け──」
シアは悲痛な叫びを残してリノと一緒にポータルの向こうへと跳んでいった。
「じゃあ俺たちもいくか」
「そうですね。……クロウ様」
「ん? どうした」
「私も行きたくないと言えば抱えて連れて行ってくださいますか?」
「あー人の目があるし、これで勘弁してくれ」
俺はサキの手を握ってポータルに飛び込んだ。
──────────
ポータル先で放心していたシアをなんとか起こし、俺たちは祭りの会場に到着した。
「うおおおおおおおお! すっごいいっぱいっす! こんなにどこに隠れてたんすか!?」
「すごい人の数……これ戦争でも起こるの?」
少し高くなった丘の上から大会の会場とその横の広場を眺めての感想だ。
会場はコロッセオタイプの大きな建物だった。
集まった参加者と見物客は一万なんて軽く超える数だ。
うじゃうじゃと居過ぎて気持ち悪いくらい。
大きな獣人や小さな亜人。
異形の化け物に悪魔やロボ、巨大化した虫や陸に上がった深海生物。
本当に何でもいる。
『大バトルトーナメント出場希望者の馬鹿野郎ども! さっさと紫のポール下で登録しちまいな! さあ急がないと締め切るぜ!』
数に圧倒されていると、広場全体に響くスピーカー音声が聞こえてきた。
「クロウ、これ貴方が参加しようとしてる大会のことよね」
「そうみたいだな。紫のポール? どこだ?」
会場周辺の広場ではカラフルなテントや屋台が乱立している。
そして当然それに群がる客もかなりの数だ。
「クロウっち! あっちっす!」
広場の中からリノが一か所指さす。
確かにそこには紫色の細長い棒が立っていた。
そして群がる魔物の数も尋常じゃない。
あいつらが全員敵なのか……。
俺は一度自分の両頬を叩いて気合を入れると、三人を連れてそこを目指した。




