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「あったあった! クロウこのポータルだ」
「……ずいぶん端にありますね」
俺は逃げるように自宅から離れ、監督とポータルの集まる【駅】まで来た。
転移ポータルというのは自動車や電車等の交通手段の代わりにこの街でよく使われている移動手段だ。
どんなものか一言でいうと、登録された地点同士のみを繋ぐワープ装置。
見た目は地面に書かれた雑な子供のラクガキ。
このラクガキは全く同じ物が対になるように存在する。
街のどこか二箇所に有るそれらのどちらかを踏むと対の方へと送られる。
使うには料金も魔力もいらない。ただどちらでもいいからラクガキを踏むだけ。
それだけでもう一方のラクガキ付近へと飛ばされるのだ。
だから知らないポータルをうっかり踏もうものなら、自分が入ってきたポータルの場所すらわからなくなり、命の危険すら感じる迷子状態になってしまう。
それでも便利な事は確かなので、この街の住人は知らない場所に行くと自分から積極的にポータルを踏んだり、そこの住人に聞いたりしてポータルの行方を把握する。
いかに歩かずポータルで移動時間を短縮するかというのが、この街で生きていく為に重要なのだ
俺もこのポータルを教えられてからは暇なときに踏んだりしているのけど、今監督が入ろうとしているポータルには入ったことがなかった。
というかそもそもこれの繋がる先、【カーハル東地区】というところ自体にまだ行ったことがない。
別の世界へと通じるダンジョンへのゲートもそうだけど、この街は物の位置というものがあいまいだ。
ダンジョンの人気や地位や強さが変わればゲートの位置もすぐに変わる。
俺が昨日まで仕事で行っていたダンジョンも元は違うところに有って、そこである程度実績を残した結果、あんな繁華街の一頭地に移ってこれた。
それでも少しでも業績が悪くなればすぐにどこか違うところに飛ばされる。
だから少しでもパフォーマンスを維持しようと俺たちみたいなメンテナンスの専門業者に仕事を頼む。
ダンジョンの修理メンテナンスはかなりのお金がかかる。
お金がある有名なダンジョンはそういった所にお金を回せるが、中堅以下は全て自分たちでやるしかない。
そして、今から行くカーハル東は地区ランクが2だ。
10階級ある内の下から二番目。
そんな場所に有るダンジョンがメンテナンスを業者に頼むなんて出来るわけがない。
……まあでも行く機会が無かっただけでここと大して変わらないだろう。
だって同じ街なんだし。
そんな気楽な思いで俺はどことなく汚れたように見える転送ポータルに入った。
──────
「ここからどれくらいなんすか?」
「あー? んー。まあすぐだろ」
転送ポータルを抜けるとそこは石畳敷のロータリーだった。
日本だと片側三車線分くらいの広い空間には大型の魔獣が繋がった馬車が何台か止まっている。
『タスケテクレ……タスケテ……』
俺と監督はこの地区の中心部へと進むため、馬車群の横を通り抜ける。
初めてこの形態の馬車を見たときは横を歩いただけでガブリと食われるんじゃないかと心配したが、今ではもう随分と慣れたもんだ。
転移ポータルが張り巡らせてあるこの街でこんな遅い馬車を使う奴は金持ちか馬鹿な物好きだけで。
そんな奴らは自分が恥をかかないように魔獣に完璧な調教を施している。
つまり通行人に危害を加えることなんて有り得ない。
『オネガイダ……タスケ──』
だから、すぐ近くを通ってもそいつらは退屈そうに空を眺めたり、美味そうに石畳を噛み砕いたり、泣きながら助けを求めたりで俺たちに興味をしめさない。
見た目は怖いがこいつらは実質馬や牛となにも変わらない。
駅のロータリーから少し行くと、チラホラとダンジョンのゲートが見えてきた。
やっぱりランク2の地区なだけあってダンジョン名を書く看板すらも全体的にみすぼらしい。
監督が俺をここに連れてきたのはやっぱり、低レベルなダンジョンで自信をつけさせようとかそういう思いなのだろうか。
いくつもダンジョンの前を通り過ぎると中々に面白い発見もあった。
例えば、『拳専門魔導クラブ』や『回復禁止の武闘派僧』『灼熱のスノーマン』等の低ランクも納得な縛りプレイダンジョン。
(縛っているのは当然ダンジョンに住んでいる魔物側)
あとは外観がやたら綺麗なダンジョンもいくつか。
そういったのは落ちぶれているのではなく新しく出来たのでまだ実力や人気がない人たちだ。
彼らは、これから上位にのし上がっていくんだ! と気合を入れて従業員募集のビラ配りなどをしている。
「低ランクって言っても色々あるんすねー」
「ガッハッハ! だろ? だからダンジョン巡りはおもしれえんだ! っと着いたな。ここが目的地だ」
監督と二人目に付くダンジョンの感想を言いながら歩いていると、監督が一つのゲート前で止まった。
そこは大きな門の付いた城塞風のダンジョンだった。
「ここっすか? へー綺麗なところですね」
「だろ? 俺が作ったからな! グハッハッハッハッハ!」
「でも、こういう所ってお金とか無いんじゃないんすか? それとも独立志向の魔物ってダンジョン新築用に貯金とかしてるんです?」
「ハッハッハ! 娘から金を取るオヤジがいるかよ」
「娘? 誰のです?」
「俺だ。娘は俺に似て可愛いぞ! お前なんてきっと一発で惚れちまう。ガッハハハハハ」
「監督がかわい、い? ……ってそれより監督、子供いたんですか!?」
真っ赤なタコの化物みたいな図体の監督によく似た娘?
おっさんだから辛うじて耐えられたが、これの女の子バージョン?
俺は底知れない恐怖に思わずゴクリとつばを飲み込んだ。
「ハッハッハ! クロウ! 期待してるのか? 良いぞ、娘に気に入られたら娶ってもな」
「い、いやー、恐れ多いっす。ははっ」
俺の反応をどう勘違いしたのか、監督の頭の中では俺がその見たこともない子との出会いを喜んでいるらしい。
この溺愛っぷりを見るに、どうやら低レベルなダンジョンで自信をつけさせてくれるわけではなさそうだ。
「おーーーーーい! 俺だ! 父ちゃんが来たぞー!」
ダンジョン内部へと声をかける監督の後ろで俺は、手を合わせどうか少しでも監督と離れた容姿であってくれと祈った。