52 二人の父親
「おーう! 来たぞー開けてくれ!」
朝食を取り終え各々のんびりと過ごしていたら、建物ごと震えそうな大きな声がした。
俺は読み始めた本を閉じ、シアの顔を見る。
シアも俺の方を見て一度頷いた。
「お父様が来たようね。行きましょう? クロウ」
「わかった。……あれ、リノとサキは来ないのか?」
シアが部屋から出ようとする後に続こうとしたのだが、リノとサキは付いてこない。
「私は休憩の準備をします。もし私の父が来ていたのなら後で稽古を付けてくれるよう頼んでいただけますか?」
「リノは?」
サキに了解の意味で片手を上げ、もう一人の女の子の方を見る。
朝ご飯を食べ終えてすぐベッドに上がりゴロゴロ転がっていたリノは今も俺の声が聞こえないかのように転がり続けていた。
「リノ! 来なくていいのか?」
「うぇ!? リ、リノは……えーっと。その忙しいっすよ」
俺が少し声を張って呼びかけると、リノは一瞬ビクッと体を震わせ、転がる事をやめた。
そして俺の方を見て、下手くそな口笛を吹きながら忙しいと言い出した。
起きてから今まで食べて寝るしかしてないのに何が忙しいんだ。
「何の用で忙しいんだ?」俺がリノにそう言おうとしたら、隣にいたシアが俺の肩を軽く叩いた。
「良いのよクロウ。リノ、サキ留守番は任せたわよ。ほら行きましょう」
「お任せくださいませ。姫様、クロウ様、事故にはお気を付けください」
「う、うぃー! 任されたっすよ!
釈然としない物を感じながら俺は一階のエントランスへ向かった。
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「おうクロウ! 元気そうじゃねえか!ガッハッハ!」
ダンジョンの入り口を開けると、監督とリノの父親チャンプさんの巨漢二人組がのっそり入ってきた。
二人とも手と背中に大きな工具を持参しており、ダンジョン外には建築資材も山のように見えた。
「おはようございます監督。今日は二人だけなんすか?」
「仕事じゃねえからな。他の奴連れてきたら俺の金だけ減っちまう」
「チャンプさんは良いんですか?」
俺は監督の横に立つ群青色の小さな山を見て言った。
リノとチャンプさんはやっぱり少しも似てない。
「こいつは良いんだよ。なあチャンプ」
「俺はぁどぉこだろうと監督ぅの言ったとこではぁたらくだけだぁ」
「それでお父様、今日はどこを弄るつもりなの?」
「まあ待て、まず荷物全部取ってからだ。じゃねえと盗まれちまう。クロウ、お前も運ぶの手伝え」
「はーい了解っす」
監督に言われダンジョンの外へ出て資材のそばへ。
積まれていた材料は木材や普通の石材の他に、高価な魔宝石なんかもあった。
魔法石というのは大気中から魔力を自動で集める石のこと。
これ自体に呪文を埋め込めば、魔力がたまるとそれを勝手に使ってくれるし、
何も術を入れなければ魔力をただ集めてストックする充電池としても使える。
木材石材は切り出される前の未加工品でサイズがかなり大きい。
俺が一人で持とうとしても絶対持ち上がらないし、監督たちはそれを一人で軽々持つので触った方が邪魔になる。
だから俺は小さなパーツだけを中へ運んだ。
三人でせっせと運んで三十分ほど。
ようやく全ての資材がダンジョン内へ収まった。
「ふーやっと運び終わった。家でも作る気ですか? 木とか岩とか多すぎですよ」
俺は最後の魔法石をそっと床に下ろして汗をぬぐった。
それにしても多すぎだろ。
普通のダンジョンで補修作業をするときはだいたいこの半分程しか建築資材を用意しない。
普通といってもここよりも深く広いダンジョンの事だ。
リノから聞いた限りでは、ここは居住部分は広いが肝心なダンジョン部分が上階ワンフロアしかない。
それに、ダンジョンフロアにはもう罠が万全に置かれているという。
監督は作業員が罠にかからないよう罠は一番最後に作る。
それがすでに有ると言うならもうダンジョンとして完成しているのだろう。
ほんと何する気なんだか。
「クロウ、おめえ階段の上に行ってみたか?」
監督が太い指で入り口正面の大階段を指す。
「この階段っすか? 無いですよ。リノに罠あるって言われましたし」
自由にダンジョン内を探索する時間も無かった。
もし時間が有ったとしても罠を一番に確認しに行くのはよっぽどの戦闘好きだろ。
「オゥレが作ぅったんだ! どぉーんなっ、やぁろうだろうとバーーン! だ! ハッハッハ」
「チャンプさんが罠の作業したんですか? なら尚更行かなくてよかった」
チャンプさんは自慢するかのようにドンと青い胸を叩く。
この人は間の抜けた喋り方をするが、職場の作業員全員の師匠みたいな人で、作る道具はとても性能がいい。
その彼が自信作というならきっと物凄い殺意のこもった罠だ。
「お父様もったいぶらず早く教えて」
運搬作業中ずっと近くで待っていたシアが焦れたように監督に詰めよる。
彼女も作業を手伝うと言ったのだが、監督がダメだと断り近くで待たされていた。
「ガッハッハ! シア、あんまり急かすな。カリカリしてる女は男に嫌われるぞ? なあクロウ」
「え? 俺?」
監督はシアの頭をポンと叩いてからかい、それに俺を巻き込もうとする。
「クロウはそれくらいで私を嫌わないわよ。ねえクロウ」
「俺も監督の目的気になるし。急かすのは仕方ないよ」
父親の大きな手を払いのけ、シアが振り向き問いかけてくる。
親の前だからか少し子供っぽい彼女に俺は笑いかけて同意した。
「ヘッヘッヘ! そんだけ仲良くなりゃ俺は安心だ。リノとサキも同じか?」
「そりゃあ。みんな可愛くていい子ですし」
監督が急に親の顔をして真面目な風に聞いてくるもんだから、俺はどこかこっぱずかしく頭をかいて頷くことしかできなかった。
「チャンプ! 聞いたか? ゴライアと三人で孫を見るのも近いなこりゃガッハッハ!」
「あぁオゥレはどっちでもいーが、監督ぅがよぉろこぶなら、いーい事なんだぁろうな」
喜ぶ監督と、監督が喜んでいるから喜ぶチャンプさん。
二人の父親から感じる微妙なずれに首を傾げると、シアと目が合った。
彼女はため息をつく素振りを見せ、首を小さく振るのだった。
そんなに重たい話にはなりません。




