51 仲直りの朝食
シアのムチャぶりに首をかしげながら図書室を出て、向かうのは彼女の私室。
そこで眠るリノを起こすのが目的だ。
物音ひとつしない長い廊下を歩くのは嫌に居心地が悪い。
知らない人の家をこっそり歩いているような気がしてくる。
こんな広いダンジョンに三人だけで暮らしてたなんて、きっと持て余してたろうな。
「リノー? 起きてるか?」
俺はシアの部屋の前で一度止まり、中に声をかけた。
少し待ってみるが返事は無い。
やはりまだ寝ているようなので扉を開け中へ入る。
部屋の中は昨日の夜見た時とほぼ変わっていなかった。
あの後俺たちが眠ったようにこっちの二人も寝てしまったんだろう。
部屋の真ん中を進みシアのベッド脇へ。
すぐ声をかけようとしたのだが、並んだ枕にリノの顔は無った。
起きてどこかに行ったのか? 俺は肩透かしを食らった気になり首を捻った。
リノが起きて行くところはどこだろう。
彼女からサキに会いに行ったのかな。
だとしたら遅かったか。
サキには悪かったな。
俺は心の中でサキに謝り、ベッドに本を置いた。
それでも一応リノを探しに行こう、その為には本を持っていてもしょうがない。
さて、どっちの方へ探しに行こうか。
「うぅー……なんすかー」
「お?」
探す方向を考えようとベッドに腰を下ろしたら、尻の下から声がした。
「良かった、居たのか」
俺はベッドから本をどけ、一思いにめくりあげる。
なんてことは無い。リノは大きく広い掛け布団の中で丸くなっていただけだった。
「……誰っすか。もうっクロウっちー? 起こすならもっと優しくして欲しいっすー」
「ははっごめん。リノ、ちょっと話が有るから起きてくれないか?」
パジャマをはだけさせリノが目を擦る。
目の次は猫のように手をグーにして顔をなで、開いた手を俺の方へ伸ばしてきた。
俺がその手を見ているとリノは「んっ」と一度唸り指を開く。
たぶんこうしろってことかな。俺はその手を掴んでリノの小柄な体を引き起こした。
「おはようっすクロウっち。ふぁーあ」
「おはよう、リノ」
俺になされるがままで体を起こしたリノは、そのまま俺の腹に頭からもたれ掛かってくる。
柔らかな彼女の青い髪を撫でながら俺も朝の挨拶を返した。
「うー……それで用ってなんすかー?」
「昨日のことをサキが気にしててさ」
「昨日? サキっち? んーー? リノ、サキっちに何かしたっすか? 覚えてないっす」
リノはあくびをしながら一言ずつ言葉を区切る。
よほど眠いんだろう、頭を揺らしながら自分がサキに何かしたかと思い出そうとしている。
「いや、リノがじゃなくてサキが、だよ。昨日の夜サキ怒って出てったろ?」
「そういやそんなことも。有ったような気もするっすねー」
「それでサキが──」
「サキっちは準備頑張ってたから怒っても仕方ないっすよ」
俺の言葉を遮り、リノは頭を横に振る。
腹に押し付けられた彼女の髪がくすぐったい。
リノはサキが一番準備に力を入れていたのだから、最後にプランを変更されて怒っても仕方がないと続けた。
「それはリノ達も一緒だろ?」
「んー? 違うっすよ? リノ達も少しは手伝ったっすけど、ほんのちょっとだけっす。ほとんどサキっちがやったっすから」
「そっか。でもサキは気にしてたから声かけてやれよ。ちょうど朝ご飯だし」
「ごはん……お腹すいたっす」
食事という言葉に反応してキューとリノの腹の虫が鳴いた。
「サキっちまだっすかねー」とリノはここに居ないサキに食事を求める。
リノはそのうちサキがここへ食事を運んできてくれると思っているが、たぶん今日は俺が呼びに行くまで来ないんじゃないか?
だから俺はリノに「先に何か食べさせて貰えばいいんじゃないか?」と言い、彼女を調理場へ向かわせた。
サキが心配していたこととは少しズレたかもしれないが、リノは最初からそんなことを気にしていなかったんだから大丈夫だろう。
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「「「「ごちそうさまでした」」」」
シアの部屋で本を読んでいると、すぐサキとリノが戻ってきて。
その頃にはサキもすっかり元の調子に戻っており、本を抱えて帰ってきたシアも含めて四人で朝食を食べた。
「お腹いっぱい幸せーっす」
「リノ、口元が汚れているぞ」
「んーー」
「クロウ、あなた今日は何か用事ある?」
リノの世話を焼くサキを眺めていたらシアに今日の予定を訊ねられた。
「用? 無いよ」
俺は即答する。
買い物は昨日行ったし。
こっちでは趣味もない。
「なら今日はここに居るのね」
「監督に呼ばれなければね」
口に出してからふと気になった。俺いつまで仕事休んでていいんだろう。
そういえば期限とか言われてないよな。
今すぐに所持金が無くなることはないだろうけど、仕事に出なきゃ収入がゼロなんだよなあ。
やっぱり大黒柱としてバリバリ働かなきゃダメか?
「お父様なら後でここに来るから呼び出しは無いんじゃないかしら」
「監督来るのか? 何しに?」
監督が来ると言われ、驚いて思わず聞き返す。
仕事に行かないでもあの人に毎日会うのか。
一年くらい見なくても忘れたりしないのに。
「さあ? 私も知らないわ。たまにきてダンジョンを拡張してるのよ」
「ふーん。じゃあ俺はその手伝いでもしようかな」
遊びに来るのかと思ったら、どうやら監督はダンジョンの工事をするらしい。
仕事ではないから金は出なさそうだが、俺も手伝うかな。
監督が直接工事するところはあんまり見たことが無いし勉強になりそうだ。




