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50 図書館と長女

 

「本なら私が選んであげるのに」


 シアは俺の正面の席に座った。

 彼女がテーブルに置いた本達は装丁も立派で、持つだけでトレーニングになりそうな厚い物だ。

 積んだ数冊の本の上から一冊シアが手に取った。手袋をはめた指で拍子をなぞる。


「別に本を読みたかったわけじゃないよ。知りたかった事が有っただけ」

「知りたいこと? その本を読んでもサキの趣味くらいしか知れないじゃない」


「それを知りたかったんだよ」

「そうなの? …………じゃあこの本も読んでおいて」

「『花園の国』?」


 何を思ったのか、話しを聞いたシアがその重たい本を一冊俺に渡してきた。

 ギリギリ片手で持てるくらいに厚いそれは少し傷んだ革張りの本で、タイトルとして短い一文が書かれていた。


「ええ、私がよく読んでいる本なの。どこか遠い世界の物語。常に暖かで争いもない世界のお話し」


 シアは目を閉じ胸の前で指を組む。

 この本の世界を想像しているのだろう。


 中身が気になるがこの大きな本を読むのは大変だぞ。

 今日じゃなくまたの機会にしてほしい。

 俺は本を両手で持ち、シアに返そうとした。


「俺は本を読みたいわけじゃないんだ」

「サキの事は知りたくても私の事は知らなくていいわけ?」


 シアの前に本を降ろそうとしたら、彼女はそれを手で宙に留め、試すような目つきで俺を見た。

 俺がこの文庫を読んだのはサキの取った行動の意味を知るためであって、サキの趣味嗜好を理解しようとしたのではない。

 そういった意味でこれは完全にシアの誤解なのだが、自分の事を知ってほしいとストレートに言われれば断るのもダメなのではと思う。


「……じゃあ読読んでみるよ」


 俺は本を自分のそばに戻した。


「ふふっ感想も聞くから、ちゃんと読まなきゃだめよ?」


「ただ、流石にこの厚さはすぐ読み切れない。しばらく待ってくれよな」

「もちろん。流して読むことこそ失礼だわ」


 俺が観念したのがよほど面白いのか、シアはしばらく口元を手で隠して微笑んでいた。


「そういえばサキはどこなの? あの子も一緒に来たんでしょ?」

「サキは朝ご飯作ってるよ。それよりシア、聞きたいことが有るんだがいいか」


 サキの事を聞いてくれて思い出した。

 シアにも質問が有ったんだ。

 楽し気にしている彼女を邪魔するのは気が引けるが、時間もあまりない。


「聞きたいこと? なによ」

「子供の作り方って知ってるか?」

「こ、子供!? あっあなた朝から何言ってるのよ。それは……その、そういった事をやろうとしたんだから知ってるわよ」


 俺が質問すると、シアは驚き口に手を当てながら目を見開いた。

 そして、目線を左右に泳がせながらぼそぼそと答える。


「具体的に教えてくれないか? 手順とか」

「言えるわけないでしょ。もう」

「じゃあ質問を変えるけど、サキとそういった行為の練習はしたのか?」

「それ、ほとんど変わってないじゃない……してないわよ。やっていたのはそれに至るまでの練習よ。そこから先はお互いが知っていれば十分だもの」


 俺がしつこく繰り返すと、シアは唇を曲げ恥ずかしそうに顔を赤くしてまくしたてた。


「そうか……ありがとう」


 行為自体の内容は彼女たちの中でも共有されてなかったのか。

 互いがどう理解していたかも把握できていないなら、サキの勘違いなんて気にしなくて良いんじゃないか?


 サキが悩んでいたことは『得意げに子供を作ると言ったのに行為自体を知らなかった事』だ。


 リノがどちら寄りかは知らないが、シアの方に寄った知識を持っているのなら、素直にそういった事は行わず抱き合って寝たとだけ言えばいい。

 サキと同じように抱き合うという事が生殖行為だと思っていても、その間違いを指摘すれば済む話だし。


 サキの不安を解決する道筋をつけられた事に俺が黙って頷いていると、まだ顔の少し赤いシアが怪訝な顔をした。


「人に変なことを聞いておいて何を納得してるのよ」

「んー? いや……リノに悪いことを言ったんじゃないかってサキが気にしてたんだよ」


 さっきの質問がほぼ答えだが、一応誤魔化して答える。

 リノの反応が悩みだったんだから同じような物だろう。


「そうだったの? はぁっサキもリノに直接話せばいいのに。家族なんだから」


 額に指を当て、シアがやれやれと顔を振る。

 俺もそれはそうだと思う。サキは少し大げさに考えすぎていた。

 でも、


「言いづらい事も有るんだろ。家族だからさ」


 近いからこそ素直に言えないことが有るんだろう。


「それで貴方が仲を取り持とうと?」


 シアの様子は先ほどまでの照れた物ではなく、自分の姉妹を守る姉の目で俺を見つめる。

 三姉妹として育ったのだから、誰か二人が揉めれば残りの一人が仲裁していたのだろう。


 今回であればシアがサキから話を聞いていたはずだ。

 その役を俺に取られ良い気はしないということか。


「そんな感じ。だからまずサキの好きな本を借りたんだよ」


 まっすぐ射貫くシアの目線に耐えきれず、俺はサキの単行本を顔の前に持ち上げた。

 ちゃんと彼女の事を考え勉強しているというアピールだ。


「サキの事は分かったの?」

「ああ! かなりな。じゃあ次はリノのとこに行ってくるよ」


 俺は大小の本二冊を抱え、席から立った。


「……5日、いえ、3日ね」

「ん? 何ていった?」


 椅子を引く音でシアが言った言葉がうまく聞こえなかった。

 俺にいう感じではなく独り言の様だったが。


「3日よ。3日でその本を読み切りなさい! わかったわね」

「3日!? なんで!?」


 俺が抱えた本を指さしてシアはそう言った。

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