48 ダンジョンの大図書室
すぅすぅと熟睡するサキの息遣いを聞きながら全く眠れなかった翌日の事。
気が付けば朝になっていて、部屋が少しづつ明るくなっていく。
始めは勝手に触ってやろうかとも思ったが、それはまだ駄目だとほんの少しだけ俺に残っていた理性で堪えた。
「すぅ……すぅ……んっ」
寝顔を見ていると彼女の呼吸リズムが変わった。
ずっと俺にくっついていた彼女の体も、もぞもぞと動く。
「サキ、起きたのか?」
「んんっ……はい。おはようございます。クロウ様」
あくびをしながらサキに声をかけると彼女もぼんやりとした様子で返してきた。
サキはそのままそっと俺から体を離し、布団を両手で掴んで体を隠す。
今まで体を見られても恥ずかしがらなかったのにどうしたんだろう。
「サキ、どうしたんだ? もしかして俺何かしたか?」
「あっいえ。ただ、その。誰かが先に起きているということが今まで無くて、驚いてしまいました」
そう言ってサキは顔まで布団を引き上げる。
なんだろうこのむず痒い気持ち。これが幸せなのか?
隠れたサキを見ながら、俺もなんだか照れくさくて頬をかいた。
「サキ、昨日の事なんだが」
サキが布団から顔を出してくれるのを待ってから、俺は昨日の話しをした。
あれは本当に子作りで、俺はこの年で子持ちなのか?
ドキドキはしたが俺から何か出たとかそういった感覚は無かったんだが。
昨日の夜は雰囲気も手伝ってシアもサキもリノも全部守ってやると思っていたが、
一晩経って冷静になると流石に子供は早いんじゃないかと思い始めてきた。
俺経済力とか無いぞ。
「はい……昨晩はありがとうございました」
俺が昨日のことを口にすると、サキはまた布団を手繰り寄せ口元を隠す。
「じゃあやっぱり……あれで子供ができたのか?」
「ふふっクロウ様、一晩では何もわかりませんよ」
俺の焦りに気づかず、サキは微笑む。
「な、なあ。あれって本当に正しいやり方だったのか? 昨日言ったよな俺が知ってるやつと違うって」
「そういえば、不思議ですね。クロウ様の世界ではどう違うんですか?」
「それはまたその内話すよ。それでサキってどこでやり方を教わったんだ?」
「書物にそう書いてありました。」
「教科書で勉強したのか」
じゃあこの世界ではあのやり方が一般的なのか?
ヤバいな。これ、俺覚悟しなきゃいけないのか。
「あ、いえっここの図書室にある本で学びました」
「本? ここにあるならその本俺にも見せてくれないか?」
教科書じゃないなら、迷信とか俗説を鵜呑みにしてる可能性もある。
良かった、首の皮一枚繋がった。
「いいですよ。朝食の後で宜しいですか?」
「ごめん、食事前に見ておきたいから場所だけ教えてくれ」
準備をするから一緒に朝ご飯を食べようと誘ってくれたサキを俺は急かした。
彼女からしたら昨日の雰囲気が残る朝なのだから、ゆっくりと過ごしたいのかもしれない。
だが、俺は出来ればシアやリノと会う前に自分の中でまとめておきたい。
「分かりました。あっ」
「どうした?」
「その……服は着てもいいですよね?」
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彼女に案内された部屋は、まさに図書室! という所だった。
いくら大きなダンジョンとはいえ、どうせ本棚が少しあるだけの部屋だろうと思っていたが全く違った。
シアや監督でさえ手の届かない背の高い本棚がいくつも並んでいて、俺が元の世界で行った事の有る図書館のどれよりも広かった。
「ここです。ここには様々な世界の書物が集められています」
「デカいな。これだけ本があると、見たい本を探すのも大変だろ」
この本の数は圧倒される。
ここから目的の本を見つけてこいと言われたらきっと途方に暮れるだろう。
「ええ。暇を見つけてはここで蔵書の整理をしているのですが、それでもまだまだ入り口付近です」
サキはそう言って入り口から見える棚をいくつか指さす。
それが彼女が手を付けた本棚なんだろう。
ここに住んでいる彼女でも全体の数十分の一程度しか把握できていないのか。
「クロウ様。失礼を承知でお聞きしますが、文字は読めますか?」
棚へと向かおうとすると、サキに呼び止められた。
「ノマオ式なら読めるよ。便利でいいよなあれ」
この魔物とダンジョンの街ノマオでは、外から持ち込まれた書物は全てノマオの文字に変換される。
これは本当に紙媒体に書かれた文字を書き換えているのではなく、魔物が読もうとするとその書籍の内容が自動で頭に入る魔法がかけられているのだ。
だから俺も全く知らない世界の本でも気軽に読むことが出来る。
「ではそこの席でお待ちください。私が持ってきます」
俺もついて行こうとしたが、彼女がどうしても座っていろというので大人しく待つことにした
「この本です」
少し待つと、サキが一冊の小さな文庫を持ってきた。
参考にしたというから勝手に厚い専門書をイメージしたんだが、こういうのも有るのか。
「これ? 参考書っていうより小説みたいな感じだけど」
「はい。とても参考になる素晴らしい本です」
「そんなにすごいのか」
ペラペラと数ページ捲ってみてわかった。
これただの恋愛小説だ。
登場人物や世界観はかなり変だけど、ストーリー自体は子供向けのソフトすぎる内容。
しかもラストは付き合う所で終わっており、その後エピローグで時間が飛んでいる。
これのどこら辺を参考にしたんだ?




