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45 酒宴

 


 グラスに注がれた赤い酒。

 俺は最初それがワインなのかと思った。


 酒なんて元の世界では飲んだことが無いんだから種類の知識も全くない。

 ワイン、ビール、日本酒くらいしか知らない。

 ワインって確かブドウから出来てるんだよな。


 それなら味はきっと甘いんだろう。

 そう思いながら俺はグラスを傾けた。


「────っ!? っゴホッゴホ!」


 口に入れた瞬間は結構渋いんだな、としか思わなかった。

 だが、飲み込もうとすると、喉から腹までひりついた嫌な感覚が襲ってきた。

 中身がまだ半分以上残ったグラスをテーブルに戻し、俺は下を向いてせき込む。


「大丈夫? クロウ」

「やっぱりお酒はダメなんすよ。クロウっち、残していいっすよ」


 リノが背中を擦ってくれる。


「ゴホゴホッ大丈夫。ちょっと気管に入ったみたいだ」

「違う飲み物をお持ちいたしましょうか?」

「いや、いいよ。せっかく出してくれたんだし」


 席を立とうとしたサキを止めて酒をもう一口飲んだ。

 最初から覚悟して飲めばなんとか飲めなくもない。


「これ、なんていうお酒なんだ? すごい、その独特な味だけど」

「果実酒よ。それを龍炎液で割ったものなの」


 正直なところあまり美味しくない。

 それをオブラートに包んで訊ねると、シアがこれはフルーツのお酒なのだと教えてくれた。

 混ぜるのに入れた龍なんとかというのが不味さの原因なんだろうか。


「お酒よりも料理を食べてほしいっす。みんなで作ったんす! サキっちに教わって!」

「へーすごいな」


 酒のことを聞いているとリノに袖を引かれた。

 飲み物ばかり飲んでないで早くご飯を食えとのことだ。

 そういえば酒を飲めるという事にだけ気を取られ、テーブルを飾るたくさんのごちそう達をスルーしていた。


「食べる順番とかはあるのか? マナーみたいな」


 俺は調理を主導したというサキに料理の事を聞いた。


「いえ、特に順番は。しかし……そうですね。私に任せてくださるのでしたら順にお取りしますが」

「じゃあ任せようかな。頼める?」

「ならまずはこちらの小鉢から」


 俺がサキにそういうと、彼女はニコリと微笑み海藻のような物が入った小さな器を取ってくれた。

 テーブルの上にはみんなで取り分ける大皿に乗った料理と、

 一人分ずつ小さな器に入れられ人数分用意された料理があり、その小さな方の一つだ。


 俺の前に置かれたそれをよく見てみると、海ブドウみたいな細い海藻にオレンジ色の何かが乗っている。


「これって海藻?」


 サキに質問ながらそれを食べてみる。

 シャクシャクとした気持ちのいい食感と、上に乗せられたオレンジの食材から香るスッキリとした酸味が美味しかった。


「それは川でとれる水草の一種。先に口に運んだものの味を後へ残さぬよう舌を洗うための一品です」

「へー確かに、酒の味が消えてる」


 酒を飲んだ後口に残った嫌な香りが、この水草を食べるときれいさっぱり消えた。

 時間がたって薄れただけかとも思い、その後すぐにもう一度お酒を飲んでみたが、やっぱり続けてこれを食べると消えてなくなる。


「口の中が一度落ち着いた所で次はこちらの肉料理を」

「餡のかかった肉団子?」

「はい。これは姫様に手伝っていただいたものです。肉を叩くところから全てを姫様が行ってくださいました」


「シアが?」


 チラッとシアの方を見ると、彼女もこちらを見ていた。

 よくよく見ると彼女はまだ料理に手を付けていない。

 自分の食事よりも俺が食べてなんというかの方が大事と思っている。と考えてしまうのは少し自惚れすぎか?


「店の物みたいに綺麗な形だな。この固い物と一緒に食べればいいんだよな」


 とりあえず形を褒めて、フォークで肉団子と固い具材を一緒に刺す。

 団子の方は刺しても形の崩れない固さがあり、具の方は刺した時にサクッという感触があった。

 餡を纏わせて口に放り込む。


 具材はクルミの様な苦みとサクサクとした食感で、そこに程よく崩れた肉団子と餡が絡まってすごくうまい。


「うまい! これ凄くうまいよ、シア」

「そ、そう? なら良かった」


「クロウ様。そこでもう一度飲み物を」

「え? また酒?」


 シアと話していると、サキが俺のグラスにまた同じ酒を注いだ。

 あんまりこの酒を飲みたいとは思わないけど、注がれたらしかたない。

 グラスを持ち、ぐっとあおった。


「餡はとろみのせいで口に残ります。ドリンクで口内を流し、そしてまたそちらの小鉢を」

「ん。わかった」


 サキに言われるがまま、肉料理の餡を酒で流し、水草で更に舌を治す。

 これ酒じゃなくて水かお茶じゃダメなのか?

 疑問に思ったが、今のところ美味しいしまあいいか。


 その後も次々と、料理、酒、料理、酒のループを繰り返し、俺はすぐ酔ってしまっていた。

 アルコールで酔うという経験が初めてなので、ふわふわとした多幸感を抑えられそうにない。


「姫っち、クロウっちにヒールしてあげた方が良くないっすか?」

「そうね。サキはどう思う?」

「何を言っているのですか! これが目的で準備をしたのでしょう? 忘れたのですか」


 頭がぼんやりし、シアたちが何を言っているか分からない。

 何が何だか分からないので、俺はとりあえずご飯とお酒を食べ続けた。


「ふぁあっ……眠い。ごめん。俺ちょっと風呂入ってきていいか? さっぱりして寝たいわ」


 本当なら今すぐ寝たい。だけど汚れた体で布団に入るわけにはいかない。


「サキ、お風呂ってまだお湯が張ってあったかしら?」

「一度洗ってから再びお湯を流してあります」


「そう。クロウ、お風呂沸いてるって」

「ちょっと待つっす! 今のクロウっちが一人でお風呂入ったら危なくないっすか?」


「それもそうね。なら誰かが一緒に入った方がいいのかしら」

「はい! リノが着いていくっす!」

「リノ、お前はもう酔っぱらいの世話は嫌と言ってなかったか? 姫様、お任せしてもよろしいですか?」


「え? 私が?」

「うぇー! それとこれとは違うっすよ! リノがやるっすー!」

「もしクロウ様が怪我でもされたら大変だろう。姫様ならその場で治療もできる。お前は私の手伝いを頼む」


「うぅーーーーリノがやりたかったっすー」

「え? ええ!?」


 リノとサキが部屋から出ていく。

 料理を片付けているのかな。どうやら食事は終わりの様だ。

 俺も風呂に行こう。


「おっとっとっと? あれ力が」


 椅子から立とうと思ったのだが、足に力が入らない。参ったなこれじゃ風呂まで行けない。

 ここで寝るしかないじゃないか。


「……はぁ、私に世話してもらえることを喜びなさいよね」


 風呂を諦めて寝ようとしていたら、体が柔らかな物に引き起こされた。

 柔らかく、スベスベで、いい匂いのこれは何なんだろうか。



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