閑話 お姫様達のパーティー準備 2
食材を取りに出かけたリノとサキ。
二人を見送ったシアは一人で部屋に残った。
シア達が普段食べている物は、基本的にゲート先にあるジャングルで採取した物。
買い出しに行く金が無いというわけではないが、ノマオに出ることのないシアに気を遣い二人も滅多なことでは街には行かない。
監督が選んで繋げたジャングルは、常に食材となる生き物や植物に満ちていて、彼女らが普段の食材に飽きるということは無い。
今日作る料理のメインには昨日獲った龍を使うらしく、二人が採りに行ったのは副菜用の植物だ。
危険な魔獣も少なからず居るがシアは彼女らの心配はしない。
今はひとり部屋に残った自分の事で頭がいっぱいだった。
シアが日中部屋に一人でいるのはいつものこと。
サキは家事をしながら合間に稽古をしているし、リノは飯時以外は好きに遊んでいる。
そもそも、今回はクロウが居たから一緒の部屋で寝たが二人には二人の私室がある。
だから何もすることのないシアは、いつも監督が贈ってくれた大量の蔵書を少しずつ読んでいる。
今日もいつもの様に本を読もうと、お気に入りの作家の本を数冊図書室から引っ張り出して机に並べていた。
だが、なぜだか今日は集中出来ない。
数ページ読んで本を閉じ、ぼーっと頬杖を付いて天井を見上げる。
なんだか落ち着かない。シアはそんなどこか浮ついた感情を持て余していた。
自分も何かしたほうが良いのではないだろうか。
でも何をすれば彼が喜んでくれるんだろう。
しかしシアにはいいアイデアが浮かばない。
本日何度目かわからないため息をつき、首を振って本を開いた。
──────────
「サキっち! サキっち! 今日はどこまで行くっすか?」
「そうだな……メインは昨日お前たちが獲ってくれた龍の肉を使うとして、精の付く薬草を探しに行こう」
サキが川上の山を指差すとリノは元気よく頷いた。
「うぃー了解っすー!」
サキとリノは大きなカゴを持って食材探しに来ていた。
そして今はカゴを川岸に置いて目的地の相談をしているところ。
二人共動きやすさを重視したラフな格好だ。
目的地を決め、二人が立ち上がる。
リノの背丈ほどもあるカゴの中には既に水草が大量に入っているが、小柄な彼女は重さも気にせず軽々と背負う。
そんなリノを更にサキが胸の前で抱き、カゴごと飛んだ。
「うぉー! 何度やっても速くてたのしいっす!」
「……お前は何もしてないだろ」
「掴まってるだけでも大変なんすよ! サキっちはもっと大きくなってリノを背中に乗せて欲しいっす」
「リノがもっと小さくなる方が簡単じゃないか?」
「嫌っすー! リノはもっともっと大きくなるんす。だからサキっちはそれ以上の進化を頑張るんす!」
リノが落ちないようしっかり抱きしめサキは飛んでいく。
──────────
「そうだわ!」
数十回目の読書中断後、シアは突然声を張り上げ席を立った。
その顔はそれまでの曇った様子から一変し晴れやかだ。
「ドリンクを準備すればいいのよ!」
天啓を得たかのように得意げに部屋を出て行く。
彼女が向かっているのは彼女の父グロウスが作った特別な部屋。
シアのためだけに作られたこのダンジョン兼住居だが、グロウスは密かに自分用の部屋も作っていた
尤もシアもシア以外の二人もその部屋の存在を知っているため秘匿性は皆無なのだが。
グロウスはその部屋に何を隠したかったのか。
それは──。
「相変わらずたくさん有るわね。父様もこんなに集めて飲みきれるのかしら」
居住区に上がるための通路が隠された石像の部屋。
その部屋の石像を特定のパターンで倒すと現れる地下への階段。
ひんやりとした空気が漏れるその階段をシアは下りていった。
普段誰も入らず入口も密閉されているため、その部屋はいつも一定の温度が保たれている。
このダンジョンの地上部とまるっきり同じサイズの巨大酒蔵庫だ。
監督が通れる広めの通路以外の全ての空間に酒樽が積まれていた。
いつどの世界で作られたかも分からない酒が封を切られる時を待っている。
「どれがいいのかしら。お父様もタルにメモを貼ってくれればいいのに」
完全な闇の中で光もつけず、シアは一人、酒探しの旅に出た。
──────────
「サキっちーこれっすか?」
「ああそれだ。有るだけ頼む」
ほんのひと時の空の旅を終え、二人は山菜採りを始めていた。
目的は精力増大効果の有る薬草。
サキは昨日のシアとクロウのやり取りを聞いていた。
だが、それでもやはり手っ取り早いのはそういう状況を作ってしまうことだと考えている。
その為今日の料理も、ついつい食べたくなる濃い目の味付けと各種栄養価の高い食材で揃えるつもりだ。
『男の理性が邪魔ならばそれを壊して正面突破』それが、サキが母から習った竜人族流の恋愛術である。
サキが男性に求める最重要項目は強さであり、自分が足元にも及ばぬ父が認めた男ならば文句はどこにもない。
それに、サキの認識では求愛行動を取ったのは向こう。つまりクロウの方である。
自分に求婚をしておいて他の娘とも婚姻を結ぼうとするのは許せない。
だがそれが自分の大切な家族であるなら話しは変わる。
昨晩は姉を立てて順番を譲ったがそれも一度で十分だろう。
夜の戦いに向けサキが一人気合を入れていると、リノが嬉しそうに走ってきた。
「サキっちー! あっちから熊がいっぱい来るっす! 取り放題っすよ!!!」
「……確か熊からも良い薬が作れるな。お手柄だリノ。根こそぎ狩り尽くすぞ!」
「うぇーい! 熊狩りっすー!」
サキは漲らせた気合を翼に込め天高く舞い上がる。
美しき竜人の戦士と猪突猛進なオーク娘の熊絶滅戦が始まった。




