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 殴りかかってきはしたが、監督はまだ攻撃を当てる気は無かったようで簡単に避けることができた。

 それでも、3メートルの巨体から振り下ろされた拳はかなり怖いが。


「いや、本当に待ってくださいよ! 意味わかんないって!」

「ああ? 理由なんてなんでもいいだろ。おら、さっさと反撃しろよ」


 手加減されていてもリーチ差のせいで範囲が馬鹿みたいに広い。

 それが両手で来るんだから避けるのにかなり体力を使う。

 本当に戦わなきゃダメなのか?


 恩人だから攻撃したくないとかそういうカッコいい事を思ってるんじゃない。

 単にこれ以上殴られたくない。


「ちゃんと理由言ってくださいよ! 約束を破る理由あるんでしょ!?」

「……だからねえっよ!」


 ゴッ!!!


「う゛っ──」 


 少し早さを上げた監督の拳が俺の腹に突き刺さる。

 拳といっても俺の腹部全体と同じサイズの拳だ。

 丸太でも飛んできたのかと思うくらいの衝撃で、俺の体は簡単に吹き飛ぶ。


「はぁっはぁっマジっすか……」


 床に両手を着き、えづきながら俺は呟く。

 殺す気まで有るのかは知らないがこの人躊躇なく殴りやがった。

 俺は口元に垂れた液を手で拭って立ち上がり、右手に剣を作る。


「怪我しても怒らないでくださいよ」

「だぁれに言ってんだ! 死ねええええい!」

「は? うわぁぁぁあああ」


 俺が立ち上がり、剣を構え見得みえを切ろうとした瞬間。

 すでに近くにいた監督のアッパーが俺の左側面に直撃した。

 立つのを待つこともなしかよ!?


 ヤバイ。考えを急いで切り替えろ。このおっさん本気で殺す気だ。

 下から上へカチ上げられ、俺の体は変な体勢で宙に浮く。


「おらああああああああああ!」

「っち! ふざけんなよ!」


 体の負担も無視して俺は首を捻って監督を見た。

 今のが右のアッパーで左の拳は後ろに引いている。

 宙に居る俺に左ストレートを叩き込む気だ。


 俺は剣を盾にした。これを殴れば監督の拳が傷つくだろうがもう知らない。

 他にもやりようは有ったのかもしれないが、宙に居る数秒にも満たない間に打てた最善手だと思う。


「もう一丁!」

「ぐっ……」


 監督の拳が剣に当たる。

 反対側の刃が俺の体に食い込むが、俺の剣で俺自身が傷を負うことはない。

 ちょっと食い込んで痛いだけだ。


「痛えじゃねえか! っへ! それでいい」


 監督が手から血を流しているのを見届け、俺は地面に転がり落ちた。

 直撃はしなかっただけで拳の勢い自体は殺せていない。


「うぅ痛え。……監督、切られて喜ぶとか変態すぎませんか」

「ガッハッハッハッ! 嬉しいことが有ったら誰でも喜ぶだろ! 見込み通りで嬉しいんだよ俺は」


 そう言っている間に監督の傷はすぐ跡形もなく治ってしまった。


「それ、褒められてるんすか?」

「ったりめえだ。こんなちっちゃなカスリ傷でも、俺が最後に食らったのなんざ随分昔だからな」


「そうっすか……じゃあ合格ってことでやめません?」

「ダメだ。っおらぁあ! 死にたくなけりゃ死ぬ気でもっと全力だせ!」


 監督は再び両手でのラッシュを繰り出してくるが、俺も覚悟を決め剣を使いそれを防ぐ。

 俺は息が荒くなるがダメージは受けない。

 逆に監督は涼しい顔をしているが両手は血だらけだ。


 監督の拳を数発受けると剣が折れてしまう。

 なので俺は、両手に武器の素材を持った。

 片手の剣が折れたら逆の手に剣を作り、空いた手に素材を補充する。


 とにかく攻撃を食らいたくないので常に剣を一本持つことを意識した。


「オゥらああああああ!」

「くっ!」


 流石に何発も防ぐと疲れる。

 だから監督が一際ひときわ力を込めてそうな攻撃をわざと剣の腹で受けた。

 両手で剣の上下を抑えることにより、力が他へ逸れずうまく捉えられた。


 剣は抑えるが足は踏ん張らない。

 監督の力を利用して、俺は後ろに大きく飛んだ。


「はぁっはぁはぁ……傷だらけっすよ。やめましょうよ」

「ハッハッハ! ばぁか言え! やっと暖まって来たんだ」


 もう疲れたからやめてほしいんだが。

 監督は血まみれの体で満面の笑み。


「てかおめえ、うちの姫ちゃんに治して貰ったんじゃねえのか? 俺はあいつの親父だぞ」

「少しの傷はダメージでもないってことっすか……じゃあ俺が降参するってのは? ……ダメっすか?」


 シアは大きな傷を負った俺の手を顔色一つ変えずに治していた。

 監督も同じ回復術を使えるなら、小さな傷なんて治すのに労力もいらないんだろう。


「…………おめえ、なんで俺がわざわざ娘のためにダンジョンなんかを作ってやったかわかるか?」

「知らないっす。魔物のサガかなんかっすか?」


 勝てそうにないから降参しようとしたら、監督のトーンが下がった。

 少し真面目なテンションで問いかけてくる。


「今の俺みてえに体の傷を治す能力ってのはけっこうありふれてんだ。それこそダンジョンに挑むならヒーラーが要るってくらい一般的だ」

「それは昔聞いた気がするんで覚えてます。監督達もそうなんすよね」


「ああ。だが、シアみてえな他人の魔力を回復する能力はレアだ。普通なら自分の魔力を体力回復術に変えるんだが、あれは自分の魔力を増幅して他人に渡せる」


 俺はシアの手に付いた大きな宝石を思い出した。

 彼女の感情に反応して光っていたあれがその増幅する装置なんだろうか。


「そうなんすか。なんか本人はネガティブに捉えてたみたいっすけど」


 あの宝石にすごく悲観的だったし。

 あれのせいで俺が拒否してるとか言ってたな。

 そんなことないのに。


「それは俺があいつにそうやって隠すよう教えたからだ。あれは狙われるからな」

「狙われるって誰に? 綺麗だからっすか?」

「誰にって全部の魔物にだ。あれは強力すぎる」


 確かにあんな目立つ物知ったら誰でも欲しくなる。


「──ああ! だから手袋をしろって」


 彼女はずっと肘まで覆う長く黒い手袋をしていた。

 言い方はもう少しあったと思うがやっぱりあれは思いやりがあって着けさせていたのか。


「そうだ。んでダンジョンの目的だが。俺はあのダンジョンを誰も手出し出来ねえもんにする」

「それがノマオの天辺を取るってことっすか」

「知ってたか」


 リノが言っていた。この街唯一のルールを破ってでも征服してみせると。

 それになんの意味が有るのかと思ったがシアの為なのか。


「ええ、リノに聞いたんで。合格だから教えてあげるって」

「リノに? へへっそうか。俺がテストする前に合格してたか。……あいつらも親父に似ねえで良い娘だ」


 監督はいつもの下品な笑いではなく優しげな笑みを浮かべた。

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