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 俺は球にすがって座りながら、手で顔を拭い荒い呼吸を繰り返した。

 下から強い力で持ち上げられ、呼吸ができない事とは別の圧力による苦しさがあった。

 その二つから一気に開放された体が酸素を求める。


 呼吸が落ち着くまでじっとそうやって座っていた。

 この水中から出てきた物はなんだ?

 無意味なものが隠されているとは思えないし、これも攻略ルートに入っているんだろうか。


 俺が座っているのはザラザラの堅い石の上。

 暗くて何も見えないので這うように手で床を探ってみると、球を中心にそれなりの広さ。


 ここ全体が大きなUの字の底の様で、壁が両側に有った。

 前後には壁はなく、その淵から下へ腕を伸ばしても水に届かないくらいの高さ。


 下はたぶん水だろうから少し高いくらいなら飛び降りても大丈夫とは思うけど。

 でもここに上がれた意味が何か有るはず。

 まあまず最初に調べなきゃならないのは、明らかに怪しいのはこの球だな。


 ぼんやりと光るその大きな球を両手で持ってみる。

 周囲を照らす程の光量は無いが、遠くからでも気づけたくらいの存在感がある。

 叩いてみると電球の様な硬さで、弱いながらも光を放っているのに温かさはない。


 そういえばこれはどうやって浮いているんだろう。

 球は中央床上1メートルくらいの位置に有る。


 今俺が表面を何周も撫で回しているが、それを支える台もなければ吊るす糸もない。

 磁力かなにかで浮いているんだろうが押しても少しも動かない。


「取れないな……叩いてみるか。──あっ何ももってないや」


 俺は剣を新しく作って珠を叩こうと右手に魔力を集めたが、剣の元になる媒体を何も持っていないことを思い出した。


「うーんダメだな。もしかして本当に関係ない設備を起動させちゃったのか?」


 俺はもう一度珠を撫でた。

 ズズズッ

 右手が球に触れた瞬間、指先から全身に悪寒が走った。


「なっなんだ!? えっ。や、やめ──」


 冷たい。熱が腕を伝って抜けていく。

 さっき冷たい水に入った時でもこんなに不安な気持ちにはならなかった。

 何が起こっているんだ? 何をされている?


「離れない! クソッ! 手が!」


 何が起こってるかがわからなくても原因はこの球だ。

 俺は震える体に力を入れて右手を離そうとした。

 だが、球と手が一体化してしまったかのように離れない。


 左手で掴んで引っ張っても、球と手の間に手を入れようとも動かない。

 それどころか痛みや寒さといった感覚が少しずつ薄れていく。

 俺の体はどうなってるんだ。


『セーフモード。解除します』


 このダンジョンに来てから何度目かの混乱状態に陥った俺の耳に届いたのは機械的な声だった。

 前触れもなく。短くただ一言。


「っはあ? 誰だ!? なんて言った!」


 言葉が通じていても聞く準備が出来ていなければそれを理解することはできない。

 俺にわかったのは今誰かが喋ったということだけ。


『急速充填。完了まで残り20%』

「誰だよ!? 何を言ってるんだ!」


 今度は聞き取れた。だが意味は伝わらない。


『命令、更新スタンバイ完了。新規命令を入力してください』

「だからお前はなんなんだ! 誰が誰に言ってるんだよ! 答えろ!」


 こいつは誰に言ってるんだ。俺以外に誰か居るのか。

 声に気を取られてる内に体の冷えも広がっていく。

 見えていたら俺の息はきっと白かっただろう。


『命令、認識できません。再度入力してください』

「俺に言ってるのか!? 命令をしろって。なら返事くらいしろ」


 どうもこの声は俺に話しかけているっぽい。

 命令しろと言われても、こいつがなんなのか知らないのに何を命じろって言うんだ。


『入力完了。命令を処理中。……はい。命令入力権は貴方にあります』

「お前は誰なんだ? 俺が今触ってるこれもお前の一部か?」


『肯定。貴方が見ている球体結晶は私の制御端末になります』

「ああ、たぶんメンテナンス用機械だなこれ。じゃあそうだな……俺をここの出口に案内しろ」


 水中に沈んでいたということは滅多に使わないのか、それとも放置されていたのかのどっちかだな。


『入力完了。実行可能か検討中。その命令の実行には上位権限が必要になります。権限の更新を行いますか?』

「ああ。なんでもいいよ。それで出口まで連れてってくれるなら。好きにしてくれ」


 ちょうど良かった。水の上の暗闇迷路はもう嫌だ。

 出来るならさっさとこの部屋の出口まで案内して欲しい。


『許可。認証完了。急速充填を開始します。コアから離れ身の安全を守ってください。終了予告、30分』

「離れろってどこに行けばいいんだよ。あっそうだ! まずこの手を外してくれよ。不便だし寒さが止まらない」

『急速充填中。現在他の命令を受けることはできません』


「さっきも言ってたよなそれ。何を補充してるんだ? こんな場所に燃料なんてないよな。水か? 空気か?」


 寒さが止まらない。少しでも喋るのをやめたら口が凍りつきそうだ。


『魔導炉を動かすための魔力を空気中より補充中。現在コアへ接近しますと命の危機を保証できません。十分な距離を取り充填をお待ちください』

「おいっ!? それってさっきから感じてる悪寒はお前のせいかよ!」


『充填完了まで残り5・4・3・2・1。再起動をします』

「聞けよ! お前俺から魔力吸ってたろ!」


『──再起動完了。これより【出口】へご案内いたします』

「……命令以外きかねえのかよ。あっそういやここにでかい敵いるから気をつけろよ」

『【出口】探索完了。目標地下6フロア。リミッター解除。魔導炉の全出力を開放いたします』


「え? いや俺が言ってるのはこの部屋の出口で──」

『フルバースト』


 抑揚のない声で言い切った。


 ダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!


 重力下にありながら体が浮き上がるほどの衝撃と凄まじい音。

 なんだこの爆発。俺は何に命令してるんだ!?


 いつの間にか手は球から離れた。

 だが、喜んでいる間もなく、浮いた俺の体はコアのある隙間の天井にぶつかり、それごと下に落ち始めた。

 暗闇で体験するダンジョン数階分の急直下は今まで乗ったどのジェットコースターよりも怖かった。

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