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「でけえ!?」
弱い明かりではそれの拳しか見えない。
だが、それだけでも小さな部屋くらいの大きさだ。
握った状態で数メートルはある。
それが水しぶきを上げながら高く上がっていく。
つい首を動かしてそれを見ていると、角度が追いつかずに転びそうになるくらいだ。
ググッグググググググ!
ポカンと見ていると拳が俺の直上2、3メートルでゆっくり開き始めた。
すげえ。ロボだ。ダンジョンの中でこんな立派なロボを見れるなんて。
黒い空間にぼんやりと浮かぶ白い巨大な手。
それは小さなころから憧れていたスーパーロボットそのものだった。
なんでそんな物が真上に来たのかを考えず、俺はその動きに見入っていた。
開いた手のひらが今度はゆっくりと下に下りてくる。
もしかして俺を乗せてくれるのか!?
ワクワクしながら待っていたのだが、降りてきた手は徐々に窄まっていく。
あっこれもしかして俺を掴もうとしてないか?
いや、まだここから手のひらを上にするってことが……ないな!
危うく頭を摘まれそうになり、俺はしゃがんで避ける。
俺をつかみそこねた手はそのまま下がっていき、俺が少し離れると橋を潰しながら水中に沈んでいった。
「あれダンジョンの設備なのかな。シアも設置してくれねえかな」
水も落ち着き静かになった部屋で俺は呟いた。
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虚ろう魂の騎士団
フロア1 解離の沼
フロアボス 廻池の剪定ゴーレム
水路を引くには人手がいる。
掘れば掘るほど日毎に金がいる。
どうせ金を使うなら、黙って働く奴がいい。
そうだろ? その点こいつはお買い得だ!
一度命令すりゃいつまでも黙々と仕事をしてくれるぜ。
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いつまでもあれに思いを馳せていてもしょうがない。
悲しいことだけどあれは俺を攻撃しようとしていた。
しかも足場まで壊して。
俺に自由な移動は許されていないんだからまたあれが来る前に動かないと。
通っていない道を優先的に通っていこう。
俺は早歩きで再び動き出す。
一先ず通っていない道を進んで行くと、一度も通ったことのない分かれ道がまだまだ有った。
かなり歩いたと思ったのにまだこんなに未踏の橋があったなんて。
流石に目印ゼロの交差点を素通りするわけにはいかない。
俺は道の全てに印がない交差点に限ってマークを付けていった。
……チャッ。
「っ!? またくる!?」
今、水の音がした。どっちだ?
初めての襲撃から10分くらい経った頃、魚が跳ねるくらいの音が一つした。
さっきと一緒ならこの後少しの猶予があって飛び出てくるはず。
あの動きの遅さならそうそう攻撃は当たらない。だけど橋を壊されるのは面倒だ。
どこかに行き止まりでもあったかな。
俺は壊されても問題のない場所を見なかったか思い出そうとした。
パチャンッ
また鳴ったが、水音はまだ一つだけ。
急に飛び出してくることを考慮して少し待ってみたが何も起きない。
「……ふぅ。まだ時間がありそうだな。なら歩きながら探すか」
ヒュゴッ!
歩き出した瞬間、水音ではなく風の音がした。
しかもまた頭上から。
「っつ!」
油断しかけたがその音にギリギリ反応できた。
俺は橋があるかも確認せず前へ飛び込む。
ッザアアアアアアアアン!
飛び込んだ先にも運良く橋は続いていた。
俺は風にも押され、橋の曲がり角ギリギリまで転がってなんとか止まる。
背後を見なくても分かる。あの手が降ってきたんだ。
「うっわ、あ……」
立ち上がらなきゃ。離れなきゃ。
そう思う気持ちが急いて足がもつれ。
ジャボンッと水に落ちてしまった。
急に体を冷やされ心臓が縮こまる。
橋は水面から50センチ程上。早くあがらないと死ぬ。
俺は水に浸かっても燃えている剣を先に橋に乗せ、自分も上がろうとした。
しかし、すぐ近くにまた拳が落ちてきた。
俺が水の中にいたせいで攻撃は少しずれたのだろう。
その攻撃でも俺に怪我は無かった。
だが、
「剣! どこだ!?」
拳が橋を叩いた衝撃で上に乗っていた剣が高く跳ね、水中に入ってしまった。
これが無くなると完全に暗闇になってしまう。
俺は上がることをやめ、水中に潜る。
水が綺麗か汚れているかなんて気にする余裕もない。
あれは取らないとダメだ。
暗い水中で上下左右の感覚が無くなるほどグルグル回っていると、少し遠くにキラリと何かが光って見えた。
そこがどれほどの深さかは解らないがまだ届く距離だ。
それめがけ俺は泳いだ。
息が苦しくしい。でももう少し、後少しで……届いた!
淡く光るそれに俺は触った。
ブゥゥゥゥゥゥゥゥン
なんの音だ? それにこれ大きい?
光と水で正確な形は外からではわからなかったが、俺が触っている物はボウリングの球くらいもある。
こんなもの俺しらない。それに、息が、持たない。
水面に上がれるか? 力が抜けていく。
今来た方へ体が引き寄せられる。
俺、真下に潜ってたのかよ。じゃあ無理だ。
諦めた時だった、俺が触れていた球震え、急浮上を始めた。
掴んでいられず珠が上がっていくのを見送ったが、その珠を追うように下から硬い物も浮上してきて、それに引っかかって俺も水面に戻された。
「ぷはっ! はっはっはっ……はぁ。なんだよ今の」
剣も無くなって辺りは完全な闇。
橋がどこにあるかももう分からない。




