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「あぶなっ!? もう攻撃かよ」
一瞬キラリと炎の上を通ったその何かは、すんでのところで俺の顔から逸れ、背後の扉に当たってキィーーーンと鋭い音を鳴らした。
今のは出て行かせるための威嚇かそれとも俺の運が良かったのか。
俺の意思で入口を開けられないことは相手だって百も承知だろう。
だったら今のは単純に外したのか。
正々堂々としたいというならそもそも攻撃なんてしてこないだろうし。
それとも実力差を分からせるための脅しか。
現実的な線としてはそれが一番ありえそうだ。
実際、全く反応できなかった。
いくら視界が悪いとはいえ、少しでも防ごうと体を動かすことや危ないと思うことすらできなかった。
そりゃそうだランク9のダンジョンだぞ。俺なんてクリアできなくて当然なんだ。
『少しうぬぼれていた。それは認めよう。大きな龍を倒したからってなんだっていうんだ。
あんなの相手の自爆で得たラッキーな勝利じゃないか。
クロウ、お前が狙ってああなったわけじゃないだろ』
頭の中でネガティブな感情がグルグルと回る。
自分の声で自分ではない自分が話しかけてくる。
『このダンジョンではラッキーは起こらない。
元々無理なんだから負けたって誰も怒ったりしないさ。
ほら、もうリタイアしよう! どうせ勝てやしないんだ、後は生かして出してもらえるように祈ろう』
「そう、だな」
心の声に従い、俺は膝を折ろうとしていた。
自分ではどうしようもないから後は相手に全部任せよう。
そういった思考で頭の中がくすんでいく。
「でも……」
でも、無理でもやる。絶対、やる。
俺は約束したんだ。クリアすると。
それに……なんで可愛い子と親しくなるチャンスを敵が強いからって諦めないといけないんだ。
入る前だったら他の手段を考えたがもう中に居るんだ。
だったら死ぬまで抗ってやる。
力の入らない足を叩いて無理やり立たせる。
そうだ! 部屋が暗いから気も滅入るんだ!
こんな部屋全部燃えてしまえばいいんだ!
『やめろ! 変な気を起こすな!』
「うるせえ! ばーか!」
ヒュッパリン!
炎を作るポーションの入った瓶を俺は床に叩きつけた。
暗闇に虹色の火の粉が飛び、炎の影が部屋の形をあらわにする。
天井までは見えないので部屋の全貌とはいかないが他へと行ける通路さえわかればそれでいい。
ちょうど正面と斜め右に壁のない部分があった。
「攻撃してきた奴はいないのか?」
四畳くらいの小さなエントランスホールには俺しかいない。
攻撃はもっと遠くからなのか?
遠距離攻撃は早めに見つけておきたいけど……この明かりを持っていけないのがな。
ポーションで作った炎は俺が踏んでも熱くは無い。
手で持ってもたぶん火傷もしないだろう。
しかし、熱くない代わりに触れることもできなかった。
ほかの部屋もポーションで照らせば楽なんだが。
ポーション用の小瓶はそんなに多くは買えなかったので、今のように部屋ごとに使い捨てるなんてもったいない事はできない。
魔力で作った剣なら燃やせるかな。
俺は剣を気持ち長めに作り、その剣先を炎に触れさせた。
すると、瞬く間に剣全体へ炎が移った。
まるでコンサート会場で振られるサイリウムみたいだ。
ただ違う点はパチパチと臨場感たっぷりに効果音が出ている点くらい。
聞いているだけでこちらも燃やされそうで苦しくなる。
でもこれで先に進める。
俺は正面と右の通路のどちらに行こうか迷ったが、正規ルートじゃなさそうな右側から先に行くことにした。
ダンジョンっていうくらいなんだから何か良いアイテムが落ちているかもしれないし。
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虚ろう魂の騎士団
フロア1 解離の沼
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明かりで確認しているから分かったが、この通路には少し傾斜がついている。
五歩で5センチ下がるくらいの緩やかなものだ。
それに、少しだけ左にカーブしている。
これも真っ暗だったら気付けなkっただろう。
その二つのこと以外は何も無い道だ。
さっきの部屋と違って天井もこの明かりで照らせるほど低く、敵が隠れられそうな場所はどこにもない。
「……でも何もないってことはないだろうな」
足音とパチパチという剣が燃える音だけしか聞こえない事に耐えられず呟く。
少しでも自分の意思で何かをしていないと、またさっきのようなネガティブな思考が出てきそうで怖かった。
コツッコツッ。パチパチパチ。コツッコツッ。パチパチパチ。コツッコツッ。パチパチパチ。ッポチャン。
ポチャン?
声を出しても緊張感は和らがず、結局黙って歩いていると足音火の音以外の音が歩き始めてから初めて聞こえた。
締りの緩い水道から水滴が落ちるような小さな音だ。
この先何かがある。少なくとも水分がある。
少し早足になった俺が通路を進んでいくと、すぐにそれは見つかった。
「水たまり? ダンジョンの中に?」
長い長い通路が終わり開けた場所に出た。
剣を左右に振っても入ってきた場所以外の壁が見えないくらいに広い。
その広い部屋の中央には天井から垂れ下がった鍾乳石があった。
そしてその下には薄く広い池のような物。
その淵にたって炎で照らすと真っ黒な水面に俺の顔が映った。
……それにしてもひどい顔だ。すっかり怯えておどおどとしているのが分かる。
『いらっしゃい。俺』
怯えた顔がくにゃりと曲がり、水面の俺がにやりと笑った。




