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「……もう食えねえ」


 店の中へと元気よく駆け込み、湯気の立つ大きな肉を一塊自分の皿に乗せたまでは良かった。

 ワンブロックで俺の顔よりも大きなその肉はすごく柔らかく、甘めのソースともとても合っていた。

 でもやっぱりずっしりとした肉だ。いくら美味しくてもすぐにお腹はいっぱいになる。


「お前もう食わねえのか? 俺が食っちまうぞー?」

「あーはい。ちょっと休憩っす。気にしないで食ってください」


 宴会に遅れて入って来たのにすぐ手の止まった俺に、隣に座った先輩が話しかけてくる。

 彼は人間の大人一人分の人骨で出来た魔物のスケルトンさん。

 俺と話しながらも片手で肉を口に運び、逆の手に酒の入ったコップを持っている。


 皮膚も歯茎も無い全部丸出しの歯でぐちゃぐちゃと肉を噛み、ゴクンと酒で喉へ流す。

 しかし彼が食べた物は喉から下に落ちてくる様子はない。

 初めてその光景を見たときは、食べたものがどこに行くのか不思議だった。

 でもよく考えれば、骨が動いてる方が何倍もおかしいと気づき、今はそこまで気にしていない。


「ところで先輩、これって何の肉なんすか?」

「これ? さあなイノシシか怪鳥じゃねえか? なあ、なんだと思う?」


 俺は適当なサイズに肉を切りながら彼に質問した。

 すごく美味しい肉なので一応なんの肉か覚えておこうと思ったから。

 しかしスケルトンさんもよく分かっていないようで、更に隣に座った別の先輩に同じ質問をしている。


「ああ? ドラゴンだろこの弾力は」


 スケルトンさんの奥に座っている全身を紅色のローブで包んだ先輩が、ヒョイヒョイと肉をつまみながらつまらなそうに答えた。

 この先輩は体の中身しかないスケルトンさんとは逆で布の中身が無いタイプの人。

 当然、歯もないのに肉の食感がわかるのかなんて事は思っちゃダメだ。


「ドラゴン!? おおマジかよ。クロウ、ドラゴンだってよこれ。運がいいな。どこで取れたドラゴンだろうな」

「ドラゴン……俺ドラゴンなんて初めて食いました」


「そうか? まあレアだからな。肉として旨いドラゴンはバカみてえにつええしな」

「……あれ? そういえば先輩ゴライアさんとか竜人も居るのにドラゴンの肉っていいんですか?」


 テーブルを囲んでいる人の中にはゴライアさん以外にも数人爬虫類系の人がいる。

 同じ竜なのに気まずくないんだろうか。


「何がだよ。竜人とドラゴンなんて全然違うじゃねえか」

「そうなんですか? だって竜ですよね」


 トカゲを大きくしたようなこれぞドラゴン! というのはまだ見たことないが、ゴライアさんはどこから見ても爬虫類だし。


「……はぁっお前それ本人には言うなよ。ドラゴンと竜人族は仲が悪いんだから」


「仲が悪いってだけで食べるのも平気なんですか? いやーちょっとわかんないです。だって似ている事は似ているんでしょ?」

「そうか? 俺だって人の骨の魔物だが人を食うぞ。俺の場合似てるっていうかほぼ同じだが」

「えーーーマジっすか。ドン引きです」


「俺だって弱くても魔物だからな。食えるならなんでも食う。あっお前は不味そうだから死体で居ても食わん」

「うーんそれって例えば家族とかでもそうなんすか? 親兄弟が殺されたとしても、弱いのが悪いって食べるんです? 先輩に家族がいるかどうか知りませんが」


「ああ? そりゃ家族は別だ」

 酒を喉に流し込み、ドンと大きな音を立ててグラスをテーブルに叩きつけながらスケルトンさんは言う。

「ずいぶん自分勝手ですね」と俺が小さく言うと。

「当たりめえだろ。魔物なんて自分勝手で有るべきだ。自分のことは棚に上げるくらいで丁度いいんだよ。……お行儀よくしてりゃ誰かが面倒見てくれるってわけじゃねえからな」


「そんなもんですか」と首をかしげた俺に、先輩は「そんなもんだ」と言い切り、何かに気づいたように辺りを見回すと自分の前にあった酒瓶をズッと押してよこした。

 これは俺も酒を飲めって事なんだろうか。

 この世界で未成年飲酒なんて取り締まってないと思うが、それでも元の世界の感覚で飲む気にはなれず、俺はその酒を先輩のグラスにだけ注いだ。


「……飲まねえのか? 肉の油を落とすのに丁度いいぞ。それに酔っ払えば変なことも考えなくて済む」

「いや、俺未成年なんで」

「っは! 働いて給料貰ってんだからガキじゃねえだろ。誰に叱られる」


 先輩は店員さんに空のグラスを頼み、それを俺に押し付けてくる。


「うーん。元の世界でもバイトくらいしてましたし。それだけじゃちょっと」

「あー? …………なら! なら、ダンジョン!」

「へ?」


「お前もここにいるってことはどっかのダンジョンを抜けてきたんだろ? 一人でダンジョンを抜けれたんならもう大人だ。ほら飲め」

 そう言いながらグラスを俺の前に置き、酒を注ごうとする。

 俺はその酔っ払いの手を慌てて掴んで止める。


「いやいや、俺ダンジョンなんて仕事以外で行ったことないですから! 酒いりませんって!」

「「「「………………………………」」」」

「……? えっなんすかみんな急に黙って」


 俺と喋っていたスケルトン先輩だけじゃなく、一緒のテーブルについていた他の人たちまで歓談をやめ俺の方を驚いた顔で見てる。


「……お前まだダンジョン行ったことないのか!?」


 恐る恐るといった感じでスケルトン先輩が小さな声で質問してくる。

 周りの先輩のゴクリとつばを飲み込む音が聞こえるほど俺の周りは静まり返っている。


「え? はい。ないです。この街にはいつの間にか居て、来てすぐ監督に拾われたんで」

「マジかよ」「そりゃモテねえわ」「引くわ」


 みんなのそんな反応に戸惑ったが俺は素直に答えた。

 すると、ワッと急に周囲に音が戻った。

 その音のほぼ全てが俺を馬鹿にした笑い声だが。


「なんなんすか! 普通ダンジョン攻略の経験なんてないでしょ」

「いやーその考えがないわ」「ダンジョン童貞が許されるのは毛も生えてこねえガキだけだろ」

「ありえねー」「何が楽しくて人間してるんだお前」


 今まで会話をしたことのない先輩たちまで各々の席から立ち俺の方へ近寄ってくる。

 はっ? そんなに許されないことなのか……というかダンジョン童貞ってなんだよ。

 俺はイライラしながら、じゃれるように小突いてくる先輩たちを無視して食いたくもない肉を口に放り込んだ。


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