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監督に魔力量のことを教えられた俺は、仕事をする監督の後ろで一人剣を作ったりポーションを作ったりしていた。
確かにほんの一瞬魔力を使うだけで今まで集中して作っていた物と同程度の剣やポーションが作れる。
しばらくそうやって魔力を無駄遣いしてから、俺はふと気がついた。
「監督、俺魔力の量が上がっただけですよね? なんか使う速さもあがってるんすけど」
今までの俺が魔力を100持っていたとして。
剣などを作るときに注ぐ魔力はだいた10くらいだった。
それで数秒かかっていた。
それが今は一瞬で出来てしまう。
今の限界量はわからない、けど使っている魔力の量は10で変わらないはずなのに。
俺がそう質問すると監督が顔を上げてこっちを見た。
俺は監督に見せるように剣を作る。
何度か作って消してを繰り返すと、監督はつまらなそうな顔で言った。
「ああ? ああ、なんだそんなことか。今までもそれ出来てたはずだぞ。ただやったら死んでたってだけ」
「し、死んでた?」
「そりゃそうだろ。元々お前は時間で回復する魔力の殆どを体治すのに使ってたんだ。それを止めて他に回せば死ぬだろ。
どれくらいかっていうと。そうだな……少しでも剣を作るスピードを上げようと意識して配分変えたらその瞬間に死んでたんじゃないか」
ちょっと寝不足を感じてたくらいで元気なつもりだったんだけど、まさか生死の境にあったとは。
良かった穏便に過ごしてきて。
「ええっ……そんなギリギリの状態だったんすか俺」
「ああ。その方が伸びが良いって聞いたしな」
「伸びがいい?」
今更知らされた身の危険に戸惑っていると、また監督が違うことを言いだした。
今の命ギリギリだったという事実だけで充分驚いているんだからこれ以上驚かせないで欲しい。
「死ぬギリギリまで追い込めば自然と、こう。魔力が足りないもっと作ろう、足りないならもっとうまくコントロールしようとなるんだとさ。だからゴライア達も殺す気で訓練してたろ?」
「へーどうりで厳しい訓練だと思ってました。──って! 人の体で勝手に怪しげな修行しないでくださいよ! 俺そこまでして鍛えてくれって言ってないっすよね!?」
魔物の世界で生き抜くため少し稽古をつけてやると言われて始まったはずだ。
それがいつ命懸けの修行になっていたんだ。
そういうのはちゃんと本人に確認を取ってやってくれ。
「いやー毎日バカみてえに魔力量が増えてきやがるから面白くてな。つい」
「ついですませないでくださいよ! ……はあ。いやまあ監督たちが変な考え方をしてるってのは知ってましたがまさかここまでとは」
「まあ終わったことだいいじゃねえか。それにだ、普通の奴は生まれで魔力の最大値が決まってる。だからこんなことはしねえ。お前みてえに叩けばどこまでも魔力が成長していくってのは、とんでもなくすげえ能力なんだよ」
「それって褒めてるんすか?」
「褒めてなきゃ大事な娘を嫁にやろうなんて思わねえよ」
監督は笑いながら書いていた紙束をまとめ立ち上がる。
彼は本当に俺を褒めてくれているんだろう。
でも、俺は監督の背中を見ながら手で口を抑えていた。
それって結局俺じゃなくて俺の能力を欲しがってるだけなんじゃないか。
その質問が頭をよぎり、口からも出そうになったから。
「よし、じゃあ行くか」
「し、仕事場っすか? なら俺もついていきます」
紙を棚にしまい鍵をかけると監督は事務所の外に出ていこうとした。
頭を一度振って今の質問をかき消し、俺も後をついていく。
「ガッハハ! ちげえよ。ほら、あーこの前言ってたろ。ダンジョンに行きてえ、ダンジョン潰してえって。今のおめえに丁度ぴったりなとこに連れてってやる」
「え、ダンジョンってシアのとこじゃなかったんすか? あと、俺はダンジョン攻略したいって言ってないっすよ」
そう言えばシア達の所に連れて行かれた理由が、この前の飲み会でダンジョン攻略をしたことが有るか無いかを聞かれたことだったっけ。
「馬鹿言え。万全でもねえ状態に合わせて弱いダンジョン連れて行って、そんで死なれたらお前を鍛えてた俺らがマヌケじゃねえか。あいつにはお前を回復してもらいたかっただけだ」
「それってやっぱり……」
「あ? なんか言ったか?」
それって自分が育てた物の成果が見たいだけなんじゃないのか。
目の前の赤い大男が本当に自分とはまるで違う生き物なんだ。
急にその実感が湧いてきて、酷く寒気がした。
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「よーしっ。ここだ」
「マジで行くんすか?」
今更感じた種族としての根本的な差。
それを意識し始めても俺は監督について来ていた。
もしかしたら本当に殺されるんじゃないか。
リノのテストでもそういう空気が少し有った。
でも彼女のあれは俺の戦闘力を試すための物。
監督は自分でも把握できていない俺の力を見極めた上で今のコンディションに相応しい場所を選んでいる。
いや、少し変なことが有ったからって全部ネガティブに考えるのはダメだ。
リノの時は相手は言葉が通じなかった。
でもダンジョンならちゃんと喋れる魔物が相手なんだ、危なくなったら言葉でちゃんと負けを認めればそこまでひどい目にはあわないはず。
「ここがイエイサで手頃なダンジョンだ」
「あのーちなみにここってランクはいくつなんすか? 始めてくる地区なんすけど」
やたらと静かでやたらと派手な街だ。
公園にはすごく効能の高そうな薬草が生え、どのダンジョンの前にも大きなガーゴイルが守っていて。
道路に並んだ街頭ですら大きな宝玉が使われている。
「ああ? 今更数字なんか気にしたってしょうがねえぞ。確か……9だな」
「9!? 9にあるダンジョンに二人で行くんすか!? 馬鹿じゃねえの」
シア達が住んでいる地区がランク2。最下位から一つ上のランク。
普段監督達が仕事を受ける金を持ってそうなダンジョンは5-8の地区にある事が多い。
9にもなると元の世界を征服してる魔王達のダンジョンになり、手下が多いのでダンジョンの補修は自分でやる。
「ガッハッハハハハハハ!!! 二人なわけないだろ」
「ですよね──」
「俺はいかねえからお前一人だ」
「……………………」
このおっさんをここで殴り倒して逃げる方が楽なんじゃないか?
魔王のいるダンジョンを攻略しろってもう勇者じゃん俺。




