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店で小瓶を買い、監督たちに会いに事務所へ行く。
ダンジョンメンテナンスの仕事は基本的に現地集合現地解散なので事務所には誰も居ないのだが、現場はころころ変わる上に次の場所は口頭でしか伝えられない。
なので一度聴き逃せば次の場所はわからなくなってしまう。
そんな時に行かなきゃいけないのが事務所だ。
事務所の中には大きな黒板が有りそこに今日の現場が書かれている。
「こんちわーっす。まあ誰も居ないっすよねー」
鍵のかかっていない事務所の扉を開け俺は元気よく挨拶した。
誰もいないとわかっているけどこれは癖みたいな物。
だから反応がなくても気にせず黒板を見ようと中へ入る。
「あー? おうクロウじゃねえか」
「あれ監督? 珍しいっすね」
誰にも聞かれていないと思い鼻歌まじりで中へ入ると、狭い事務所の中に赤い巨体があった。
監督は、人間サイズの小さな机の前で小さく縮こまり何かをしていた。
一度俺の方を見て挨拶をくれるも、すぐにまた前を向きせっせと腕を動かしている。
「監督なにしてるんすか?」
「あー……仕事だ」
俺は監督の横に回ってその手元をのぞき見る。
すると彼は大きな手をグーにしてペンを握っていた。
紙の束にちまちまとした文字を書いている。
「なんかテンション低くないっすか」
「まあそりゃ。頭を使うのは疲れるからな。それよりクロウ」
「はい? なんすか?」
今書いていた紙が書き終わったらしく、監督はページをめくってペンを置き。
俺の顔を見てにやっと笑った。
なんだろう気色悪い。
「おめえうちの姫様を抱いたな?」
「ぇ!? いやいやいや俺は何もしてないっすよ!」
俺は慌てて手と首を振った。
というかそんなこと聞いて気まずくならないのかこの人。
「いや別に怒ってるわけじゃねえんだ。隠すことでもねえ。」
「ホントにやってないですって!」
監督は理解のある大人みたいな事を言ってるが、本当に何もしてないのだから俺は強く否定する。
「ああ? てめえ! 俺の娘が可愛くないってのか? あぁ?」
「いやそういうことを言ってるんじゃなくって」
「じゃあなんだ! 好みじゃないってこと以外にどんな理由があれば誘いを断んだよ」
なんで抱いてないっていう方が怒られるんだ。
そもそもこの人には娘側が断ったという考えはないんだろうか。
「あーーもう! ほんと親子そろって話し聞いてくれないっすね!? ちゃんと娘さんはすぐにでも貰いますよ! それとも今すぐお義父さんとでも呼べっていうんすか?」
「あー? なんだよ。まだ口説けてねえだけか。だと思った! ガッハッハッ!」
俺がヤケになって娘をもらうと宣言すると監督は一転ニコニコとし、ガハガハ笑い出す。
「はあ。そもそもなんでその、そんな初日で手を出すと思ってるんすか」
親同士に決められた許嫁だってデートやらを色々挟むだろうに。
「そりゃあ、おめえの魔力が貯まってるからな。ただ寝ただけでそこまでは回復しねえ。ヒーラーがぴったりくっついてチャージしてやってもかなり時間がかかる。そんでもって男と女がそんなくっついてりゃ一発やるだろ」
「魔力が? じゃあ今日なんだか元気なのってそれのせいなんですかね」
ただ良い布団で寝れたから元気なんだと思っていた。
そう言えばシアが昨日の夜俺の上に乗っていたな。
あれは回復してくれていたのか。
「ああ体力が減ってれば体は魔力を勝手にエネルギーとして使う。その魔力を補充するには消費されないように体力を先に回復する必要があるってこった」
「へーでもよく俺程度の魔力変化に気づきましたね。ああ、そういや監督もヒーラー系らしいっすけどそれで敏感なんすか?」
「ああ? いや……これで気づけねえ奴はとんでもなくポンコツなやつだけだろ」
珍しく監督が笑顔でも怒り顔でもない微妙な表情をした。
「マジっすか。俺は魔力がいつもより多いなんて思いませんでしたよ」
「まあ本人は多少鈍くなってもしかたねえ。自分の変化は他人の方が気づけるもんだ」
「そういうもんっすかね。あっちなみに俺って今どれくらい魔力有るんすか? いつもの倍くらい?」
「あー……おれは細かけえのが嫌いなんだ。後でゴライアにでも聞け。ただ言えるのは比べるのが馬鹿らしくなるレベルだ」
監督が赤いハゲ頭をボリボリかく。
それにしても気づかないうちにそれなりに魔力が増えていたのか。
そう言えばさっき魔力で剣を作った時もいつもより楽に作れた気がする。
いやー魔力量が上がったなんてゲームのレベルアップみたいでかなり嬉しい。




