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いつもならこんな喧嘩は買わないんだが、今日に限っては何故かすごく体の調子がいい。
体の奥から熱が吹き出してくる感じだ。
無性に体を動かしたい、魔力を使いたい、そういう変な焦れったさが有った。
今日は買い物を済ませたらゴライアさんに稽古を付けてもらおうと思っていたくらい。
名前も知らない魔物と喧嘩になるというのに、自分が怪我をしたらなんて不安もない。
今こいつらを連れて向かっているのは、魔物同士が暴れても他人に被害が出ない場所。
通称『揉め事解決場』だ。
警察もないこの街で個人同士のイザコザが起こった場合、その収め方は基本的に殴り合いになる。
殴り合いといっても生身で周囲にとんでもない被害を出すのが魔物。
喧嘩がヒートアップしすぎて街の一区画が無くなることもある。
いくら基本的にノールールが信条のノマオでも、一日に何件もあるただの喧嘩で街に被害が出るのは防ぎたい。
そうした理由で設置されているのがその『解決場』。
その外見は一見水のないプールの様な物。
中には特別な装置はなく、普通の壁と違う点は壁が魔力を吸う石で出来ていることくらい。
『解決場』は同じものが一箇所に複数並んでいていつも大賑わいしている。
今日も既に何組かの魔物たちが楽しげに殺し合いをしていた。
「じゃあどうする? ルールとかいるか?」
運良く一つ空いている場所が有ったのでそこに入り、律儀についてきた男に最後の質問をした。
場内は高さ数メートルの壁に囲まれているだけで天井も無いというのにとても静かだった。
「っは! ルールというのは力のない弱者が強者に泣きつき設けるものだ。貴様が頭を下げれば多少は聞いてやろう」
男はさっきと同じ馬鹿にした表情で俺を指差す。
ちなみに男は逆の手を背中の後ろに隠していて、そこからは魔力が漏れている。
たぶん手下に何か命令をしているのだろう。既に戦闘準備は始まっているらしい。
「じゃあ後で反則とか言うの無しな。お互いに」
「……はぁつくづくめでたい奴だな貴様。この俺に楯突いて言い訳を出来る状態で帰れると思っているのか」
このまま話してても準備をされるだけだな。そろそろ始めよう。
それにしてもあいつ、堂々と手下に指示を出してるが隠す気がないのか? それとも隠せないのか。
まあどっちでもいいか。
俺はポケットにしまっていた木片を取り出し魔力を注ぐ。
これはシアのダンジョンに有った物で、ポケットに入れて丁度いいサイズだったから貰ったもの。
当然特殊な効果はない。握りやすいだけだ。
「っは!」
「──ひっ! ふっ防げ!」
魔力の刃が完全に出来る前に俺は斬りかかった。
当たったとしても大した怪我にならない腕を狙って。
もし首を狙ってそのまま落としてしまったら可哀想だから。そうなっても謝らないが。
「早いし気持ち悪いな」
俺の攻撃は黒づくめの手下に塞がれてしまった。
直前まで男の後ろで何もせずただ立っているだけだったのだが、男の命令で即座に一体が前に出て盾になった。
その手下は黒い布の塊に芯を入れて人の形を作ったような姿で、ただ男の前に立って攻撃を防いだ。
両手を腰の横に垂らした気をつけの状態でそのまま前にスライドして来てだ。
「叩いて潰せっ!」
腰に俺の剣を刺したまま手下Aが殴ってくる。
その攻撃スピードは移動してきた時よりかなり遅い。
その遅さは俺が剣を消して飛び退くのに十分な余裕があったくらいだ。
「そのまま追え! 壁で潰せ!」
「指示を全部口で言うのかよ──ってやっぱ移動だけ早いな」
俺が後ろに大きくジャンプしてから着地するまでの一瞬の間に手下Aは距離を詰めてくる。
黒い巨体は目の前に来られると視界いっぱいがそれで埋まるほどに大きい。
それが高速で動くんだから圧迫感がすごい。
これがそのまま俺ごと壁へ突進をすれば簡単に挟まれるだろう。
でも。
「……でも、攻撃が遅いな」
そのスピードだけを使って攻撃すればいいのに、そいつは俺を壁際に追い込むとわざわざ止まって拳を握って殴ろうとする。
命令を自分で効率よく解釈できないんだろう。
移動の速さに一度は驚いたが遅い攻撃が来るとわかれば対処は簡単だ。
さっきよりも魔力を多く込め高速で剣をつくり、遅い攻撃のカウンターとして腕を切り落とした。
ズサァァァァァァッ。
拳に合わせて正面から剣を振るうと、手下Aの右拳は肘まで縦に裂けその切れ目からピンクの砂が流れ出る。
綺麗に切れたけど手応えがないな。
俺は嫌な予感がしたのでその裂けた腕を上腕で切り落とす。
すると、落ちた腕と胴体の断面図はすぐ塞がり、もぞもぞと揺れてすぐに新しい腕が生えた。
落ちた腕からも新しい胴体が現れている。
これ魔物じゃなく魔力で動く人形か。
じゃあ切っても大丈夫だな。
「いまだ! やれええええええええ!」
俺がその二体になった元手下Aに気を取られていると男が丁寧に攻撃を教えてくれる。
目の前の奴は動く気配がない。
ならもう一体の方か。
俺はもう一体がどこから来るのか目で探す前に、剣を右の方へ振る。
ザッッパアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア。
良かった当たった。
さっきよりは少し手応えがあるがやはりこちらも砂袋のようだ。
振って一息つくと冷や汗がどっと流れてきた。
元の立ち位置からたぶんこっちだろうと振ったが当たったようだ。
剣を振った先を見ると胴体が真っ二つになった手下B。
たぶんさっき男が声を出すまでは最初の状態で後ろにいたんだろう。
それが声から何秒もかからないでここって相変わらずスピードだけはとんでもない。
だがこいつらが治る前にあいつを殴るくらいできるだろ。
俺は体にかかった砂を払って男を見た。
「っひ!…… ちょっちょっと待て! ──そっそうだ! ダメだろ開始の合図も待たずに斬りかかって来ちゃ! 決闘というものは正式な手順というものが……」
「さっき一つ教わったんだ。ルールが欲しければ弱い奴が頭を下げなきゃ」
俺は近くに有った手下Aの腕を掴み、それに魔力を込めて男へと投げつけた。
「わかっご、ごめ──っだああああああああああ」
「……なんかいまいちスッキリしない。やっぱりゴライアさんのとこ行こうかな」
俺は気絶した男を残して解決場をあとにした。




