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「……さん。クロウさん」

「っん。んー? ぁあ?」


 久しぶりの熟睡はまだ夜も開けないうちに終わった。

 名前を呼ぶ小さな声と頬をさする温かな感触で俺は目を覚ました。

 覚醒には程遠いかすれた視界に小さなオレンジの室内灯が見える。


 誰が俺を呼んでいたのか。体を動かすのは億劫で俺は首だけを右、左とひねってみた。

 両となりに並んでいたサキとリノは今も目を閉じている。


 じゃあサキの奥にいる姫様なのだろうか。

 首を起こして確認しようかと思ったが、温かな布団の力は強大でとてもそこまでする気にはなれなかった。


「クロウさん。私はここよ?」

「え?」


 俺がまた目を閉じようとすると、姫様の声がした。

 それもとても近くから。


 俺がまた顔だけ動かして周囲を探るとどうやら布団がもぞもぞと動いている。

 片手で掛布団を持ち上げ中を見ると、そこには俺の胸に頭を乗せている姫様の姿。


「ふふっやっと起きてくれた。寝心地はどうだった?」


 頭を伏せたまま目線も寄越さずに姫様が言う。

 その姿を見て俺はとても驚いた。

 ぴたりと俺に密着する彼女のせいで身動きが取れない事に今更気付いたからだ。


 失礼な話だが認識してしまえば彼女は特別軽くはない。

 いくら寝ていたとはいえどうして俺は今まで気づかなかったんだろう。


「……なんでそんなとこに居るんだ?」

「あら、こういうのはお嫌い?」


 彼女にどいてもらおうと唯一動く手でその背中を軽く叩く。

 しかし意図は伝わっているようだが彼女は退いてくれない。

 逆に俺の顔を抱き込むように両腕を首の後ろに回してくる。


「嫌いじゃないけど驚いてるよ。あと少し近すぎないか?」


 鼻と鼻が触れそうな距離で彼女が挑発するように笑う。

 間近で俺を覗き込む彼女の顔は薄い灯りの中でも、いや、薄明かりのせいでより蠱惑的に見えた。


「少しくらいいいじゃない。サキ達には触らせたんでしょ?」

「変な言い方するなよ。っとゴメン。騒ぐと二人が起きちゃうな」


 まだ横で眠り続けている二人のことを思いだし俺は声を潜める。


「だいじょうぶ。リノは一度眠ったらご飯の時間まで眠り続けるし。サキは……もう起きているわ」


 だが、姫様は気にするどころか気持ち余計に声を大きくする。

 その瞳は俺だけをじっと見つめ、左右二人の様子を窺うこともしない。


「寝てるみたいだけど?」


 目線を逸らさない彼女に負けて俺はサキの顔を見た。

 背中に翼のある彼女は仰向けでは寝づらいのか俺の方を向いて横になっている。

 その顔をじっと見ても寝ているようにしかみえない。


「寝たふりよ。さっき二人で話したの。大事な初めての夜をどっちの番にするかってね」

「なんの番だよ。じゃあ姫様は夜這いにでもきたのか?」


 昼は拒否したがこんないい感じの状況で迫られたら受け入れてしまいたくなる。


「違うわ。ちょっとお話をしたいなって思っただけ。私だけ貴方と二人でお喋りする機会がなかったもの」


 だがどうやら彼女の要件はほんの少し期待したそれではなかったらしい。


「そういやそうだな。確か監督は姫様へのプレゼントって俺を連れてきたのにな」


 俺は赤い大きなおっさんの事を思いだし少し笑った。

 せめて中に入って一言いって行けば今日の面倒事は大分マシになっていたのに。

 仕事なんて現場でもろくにしないのに今日に限って何を急いでいたんだか。


「んー。ねえクロウさん。私を姫って呼ぶのはやめて欲しいの」

「え? ああそうか二人がそう呼ぶからつい……あーごめん名前教えてもらえるか?」


 俺彼女の名前って聞いたか? 

 彼女自身が宣言のような形で一度言ったのは聞いたんだが、ちゃんとした自己紹介みたいな感じで。


「グローリア・バンクシア。灼癒しゃくゆの魔を受け継いだこの迷宮の主。そして貴方の妻」


 耳元に寄せられた彼女の唇から出たのは、音としては囁き程度に小さくしかし心を惑わせる熱を持った言葉。


「なんて呼んだらいい? なんて呼ばれたい?」


 衝動に任せて彼女を抱きしめそうになるのを堪えてもう一つ尋ねる。


「うーんそうね。名前のリアが良いけれどそれだとリノと被っちゃうわね。『シア』がいいわ」

「シアかわかった。じゃあシア、よろしくな」


 俺が名前を呼ぶとシアは嬉しそうに微笑み、俺の首に回した腕に力が入る。


「ええ、クロウさん。私たちをちゃんと幸せにしてね?」

「今は断言できないが。そうできれば良いと思ってるよ」


 ここまで彼女達が言ってくれているんだから、言葉だけでも幸せにすると言えば良いのかもしれない。

 でもやはり、言い切ることはできない。


「……クロウさん。私とお父様の種族は知っている?」

「ああ監督から聞いたよ。小人巨人だっけ? ちょっとややこしいよな」


「ええ。私も変な名前だと思っているわ。それでこの半端な種族がどっちに寄っているかは聞いた?」

「……ん? 寄ってるっていうのは小人か巨人かってこと? 俺は勝手に小さな巨人だと思ってたけど」


 というより逆なんて事があるのか。

 3mを超える身長と「巨人」っていう名称で今まで全く疑問に思わなかった。


「普通に考えればそうなるわね。でも反対なの」

「ていうと小人?」


 シアは小人なのに俺より背が高いのか。


「巨人は根本的には人間。普通の人間が強い力と巨躯を得た種族。小さい巨人はただの人」

「ふーん。まあなんとなくわかる」


「一方で小人は人に似たもの。力が弱く、弱い魔術を使う低級魔物。それが小人」

「つまり人間じゃないから大きくなってもただの人じゃなく小人の巨人なのか」

「そう。だからクロウさんが好きになってくれない」

「──は? はあ!?」


 急に変なことを言いだしたシアに思わず呆れた声が漏れる。

 いや結婚云々を断っているのは種族が原因じゃないんだが。

 俺は必死で我慢しているっていうのに。


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