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いやだって水着にしか見えないだろ。
その部分以外は普通の人間みたいな肌だし。
まあ、確かに少しキラキラしすぎているとは思っていたけれど。
「じゃあ最初に会った時もその、裸だったのか?」
「ええ。あの時は確か食材になる水草を摘んでいました。服が濡れれば乾かす必要があるでしょう?」
「見られて恥ずかしくないのか?」
俺は少し呆れながらサキに尋ねた。
あの時サキは着替えるよりも俺を攻撃することを優先していた。
どれだけ怒ったら裸で暴れようとなるんだか。
「恥ずかしい? いえ全く。近いうちに子を作るのです、体を見られて恥ずかしがっていては何もできないでしょう?」
今の話ではなかったのだが男らしい断言だ。
一切の躊躇なく首を振っている。
「リノ、拭き終わったぞ。クロウ様、リノ食事は出来ています。先に部屋へ行っていてください。私は着替えてから向かいますので」
「うぃー。ありがとうっすー」
サキはリノの頭を数度撫でると、髪を拭いていたタオルを持って脱衣所から出て行った。
その後ろ姿はとても堂々としていた。
「じゃあクロウっちー体洗ってあげたお返しにリノの着替え手伝ってほしいっす!」
俺も外に出ようとしたら、リノが腕に絡みついてきた。
せっかく借りた服が彼女の体についた水滴で湿る。
「自分で着ろ!」
「えー! じゃあせめてそこで待っててっす」
「はいはい分かったよ」
ぐずるリノを振りほどき、そちらを見ないように手だけ振って俺は廊下に出た。
──────────
「「「「いただきます」」」」
テーブルを囲んだみんな揃って食事の挨拶をした。
俺たちが風呂に入っている間に配膳まで済ませていたらしく、リノと一緒に部屋に行くと埃が入らないよう蓋をされたいくつもの料理が並べられていた。
姫様と並んで席に着くとサキもすぐにやってきてささっと蓋を外す。
サキが作った料理はこれまで俺がこの街で食べていた物とは全く違っていた。
監督達とよく食べていたのはとにかく腹に溜まるもの。肉をまるごと焼いただけの物や酒の肴として味を濃くした物等。
酒場で出る料理なんてそんなものだ。
「これ全部作ったのか? すごいな」
「ええ。精の付くものを多く準備しました。どうぞ食べてください」
一方サキの料理は見た目からしてすごくカラフルだ。
白い皿に茶色以外の物が乗っているのを見ることすら久しぶりな気がする。
俺が褒めるとサキは多彩なメニューを少しずつ皿によそって俺の前に置いてくれた。
「サキの料理はお店で出てくる物よりも美味しいんですよ」
「そうっす! サキっちとお肉さえあれば毎日幸せっす!」
自分で料理を取り分けていた二人も揃ってサキを賞賛する。
しかしサキ本人は二人の言葉に、「そこまでのことではない」と前置きし。
「皆で暮らしていますので私は私の得意な事をしているだけです。他のことは姫様にもしていただいていますし」
「そっか分担性なのか。じゃあ俺も何かしなきゃダメなのか」
ここでなら、あのカビ除去用のポーションも役に立ちそうだしなあ。
他にも掃除に使えそうな試作品が山の様にある。
「あら? ここで生活する事に前向きになってくださったの?」
俺がフォークで肉を刺しながら呟いた言葉に姫様が嬉しそうに反応した。
手袋をしたまま口元に指を当ていたずらっぽく微笑む。
俺は慌てて手を振って否定した。
確かにこの短い間に色々有ったがまだ結婚という重大なイベントをするには至っていない。
「──あっいや。万が一の話で」
「くすっ。わかっています。そう簡単に進んでしまうと、一番美味しい物を味わっていただけた際の感動が薄れてしまいますもの」
「美味しいもの? デザートか?」
「いえ、私達のカラダを」
そう言って姫様は横のリノの服を少しずらす。
また一瞬ピンク色の物が見えた気がするが気のせいにしておこう。
リノ自身も肉を食べる手を全く緩めないし。
「ははっ……それは、また今度な」
「ええ私は貴方が食べたくなるまでお待ちします。……ですが」
「ですが?」
「あまり焦らされると、どうなるか」
姫様は次にサキの顎を撫で口元のソースを拭う。
サキも食事を取る手を止めず為すがままにされていて。
姫様の指が無遠慮に弄る潤んだ唇の艶かしさだけが頭に強く残った。
────────────
「では寝ましょうか」
ご飯を食べ終え、食後の休憩や歯磨き等の時間を充分に取ってから俺たちは広いベッドに並んで横になった。
真ん中に俺、左右にサキとリノ。姫様はサキの更に隣。そういう並びだ。
柔らかな一枚の大きな羽毛布団がみんなの上にかけられ、照明が消される。
敷ふとんも掛ふとんも柔らかく温かく。すぐに微睡みが襲ってくる。
この世界に来てこんなに幸せな気持ちで眠れた事があっただろうか。
停まりかけた頭に思い出されるのはこの世界に来てからの様々な夜。
あのシャワーが壊れて止まらない部屋に住むまでに色々な場所で夜を明かした。
冷たく硬い石の床にただ倒れただけの日。
人通りの多い繁華街の隅で一睡もせず警戒して過ごした日。
仕事終わりにそのままダンジョンを動かす動力の熱にあたって温まった日もあった。
部屋が決まってからも決して安眠はできなかった。
薄い部屋の壁や近隣の住人は信用できず、更に止まないシャワー音のせいで寝不足は解消されなかった。
それが今日初めて会った魔物に囲まれてリラックスできるなんて。
なぜここまで安心しているんだろう。
俺は彼女達を心の深いところで侮っているんだろうか。
それとも、たった半日にも満たない時間で俺はコロっと彼女らに落とされてしまったんだろうか。
ゆっくりと意識が薄らいでいくが、いつも感じる恐怖は全くなかった。




