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21話 竜退治の褒美と幼女のお風呂

 

「あなた達……何をしてきたの?」


 露骨に嫌そうな顔をして姫様が俺とリノを咎める。

 彼女は直接言葉にはしないが、テーブルの上に有った花を引き寄せて自分の顔の前に置いたので、臭いを嫌ったようだ。


 俺は少し慣れて感覚が麻痺しているがあのコケはかなり臭った。

 それを体中に貼り付けていた俺の体もまた臭うのだろう。


「ご馳走になりそうな大物を獲ってきたんだよ。なあリノ?」

「そ、そうっす! おっきな動山龍っすよ!」


 ダンジョン内に戻ってきた俺たちはまず、姫様に帰ってきたと一言いいに来ていた。

 あの後俺たちは倒れたドラゴンの様子を確認したのだが、その背中には爆発で出来たと思われる大穴が有りそれが原因で絶命していた。

 まさかあのポーションだけでそこまでの爆発が起こるなんて。


「動山龍? ──まさか貴女、子供龍を獲ってきたの!? 親が暴れたらどうするのよ!」

「ち、違うっす! 成体っす。前からリノがずっと狙ってたんすけど今日クロウっちが一発でヤったっす!」


 下にいた彼女にとっては俺が簡単に倒したように見えたのかもしれない。

 かなりいい加減で運だよりの物が偶然うまくいっただけなのだが。


「いや一発ってわけではないし。それに流石に死ぬかと思ったわ」

「でもでも凄かったっすよ! 龍の背中が一発でバーンと弾け飛んで! 流石親分さん達が連れてきた人っす!」


 本心なのか姫様の前だからか。

 リノはぴょんぴょん飛び跳ねながら俺をたたえてくれる。


「……大人ならいいけれど。二人共怪我はないのよね? なら早くお風呂に入ってちょうだい。部屋に匂いが残ってしまうわ」


 姫様はまだ何か言いたいことが有りそうな様子だったが、それよりも俺たちの臭いに耐えられなかったようで風呂へ行けと部屋の扉を指差した。


「ああ。って風呂、二つもあるのか?」

「一個っすよ。でもすっごく大きいっす」


 一個か。リノも早く風呂に入りたいだろうがここは流石に譲ってもらおう。



 サーーーーーーーーーーー

 大浴場内にかけ流しのお湯が排水口へ流れる音が響く。

 薄い湯けむりの中に小さなプールの様な湯船がひとつ。

 壁際にはシャワー替わりに温いお湯が出続けている木の管、その近くには彼女たちが普段使っていそうな石鹸等が並んでいた。


「……なあ。それぞれが洗ったほうが早くないか?」

「ダメっすよクロウっち。あのコケが少しでも体に残ったら匂いはいつまでも残るっす」


 洗い場に座らされた俺は目を閉じながらリノに言った。

 目を閉じている理由はザバザバ無遠慮にかけられるお湯のせいではなく俺の目の前にある鏡のせい。

 湯気でも曇らない素晴らしいそれは、どうやっても俺の後ろを映してしまう。

 バスタオルすら巻かずに俺の体を洗うリノを。


 さっきは恥ずかしそうにしていたのにどういう気の変わりようだろうか。

 しかもまた態度がフレンドリーになっている。

 どっちが素の彼女なのかますますわからない。


「……クロウっち。リノはちょっと意地悪をしてたっすよ」


 ジャバジャバと俺の頭を小さな手で洗いながらリノが小さく呟く。

 小さな彼女が体を洗う関係上その声は耳元から聞こえた。


「そうなのか?」


 あれは意地悪で済むレベルなんだろうか。

 俺は苦笑いしながら一言だけ返す。

 もしかしたら本気で危なければリノは助けてくれたのかもしれないしな。


「あっでもクロウっちが嫌いとかそういうんじゃ、ないっす。ただ。ほら。あれっす」

「あれじゃわからん。なんなんだ?」


 リノはあんな事をした理由を言いづらそうにゆっくりと喋る。

 温かなお湯と気持ちのいい洗い方にまどろみながら続きを急かす。


「姫っちは。……将来この街を支配するっす。もちろんリノとサキっちが手伝ってっすよ。でもそうなったら敵はいっぱいっす」

「……ノマオを支配かーでっかい夢だな。みんな怒るだろ」


 リノはさらっと言っているが、この魔物が大勢住むルール無用な街で唯一の違反行為が街の支配を目論む事だ。

 それを宣言した時点で街に住む全魔物が敵になる。


「そうっす。でもみんな倒すっす。だから──弱点は要らないっす」


 ノマオ中の魔物を相手に戦ったが俺が弱いせいで負けた。そういう事が起こる可能性を嫌ったんだろう。

 そしてそれを今謝っているということは俺は彼女のテストに合格したのか。

 それはそれで過大評価だと俺は思うが。


「……強ければそれだけでいいのか?」

「中身はリノでもわかるっす。けど、他人の強さはわからないっすから」

「中身? 性格だってまだまだわからないだろ。もしかしたら俺はとんでもなく悪い奴かもしれないぞ?」


 俺はどっちのリノが素だったのか今だわからないっていうのに。

 そう言うとリノはくすっと一度笑い。


「リノだって魔物っす。それに……リノも人を見る目には自信があるんすよ? 初めて会った時から、リノはクロウっちのことが好きっす」


 俺の頬に柔らかな物が一瞬触れ、その感触を流すようにお湯が頭いかけられた。


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