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「……サキ」

「はい。姫様」

「みんなでここに寝ましょうか」

「そう、ですね」


 二度目の俺がどこに寝るか争奪戦はすぐに終わった。


 延々二人が自分に都合のいい事を言い、たまにリノが割り込むがほとんど無視される。

 その繰り返しが5分ほど続いた。

 活き活きと俺について話す彼女らに『仕方なく』『嫌々』という感情を俺は見つけられなかった。


 正直にいって偉そうなことを言っておきながら俺自身かなり揺らいでいる。

 彼女らが嫌がっていないなら一度くらい良いんじゃないかとすら思い始めている。


「なら決まりね。リノ、クロウさん。今日から暫くこの部屋で一緒に寝てもらう事にしたのだけど二人もそれでいいわよね?」

「みんな一緒は楽しそうなんでリノは大賛成っす!」

「一緒か……一人がいいが二人きりよりはマシだな」


 全員一緒ならそこまで変なことも起こらないだろう。

 ……もし、彼女らが今日三人同時に寝込みを襲ってきたら……それは不可抗力なんだということで諦めるかもしれない。

 彼女らは力の強い魔物だから、寝てる人間が抵抗出来なくてもしかたない。


「あっ! そろそろご飯の時間じゃないっすかサキっち!」


 話しがひと段落着いたところでリノがそんなことを言いだした。

 時計も太陽もないこの世界では体内時計が全てだ。

 誰かがお腹が空いたと言って別の誰かが同調すればそれが飯時になる。


「ん? ああもうそんな時間か? なら私は準備をしてこよう。──ああリノ! そろそろ肉の在庫が切れそうだから獲ってきてくれ」


 リノに言われサキが席を立つ。紅茶を淹れていたのも彼女だしご飯を作るのも彼女の役割なのだろう。

 部屋を出ていこうとしたサキはドアの前で一度振り返ってリノに一つ頼み事をして出て行った。


「ぅえーリノお腹すいてて力出ないっす……あっ! なら姫っち手伝ってくれないっすか」

「ええ……貴女私に何をしろっていうのよ。クロウさん、悪いんだけどこの子を手伝ってもらえる?」


 頼まれごとに口を尖らせるリノはテーブルをパタパタと叩いて姫様に着いて来て欲しいと言うが姫様は小さく首を横に振った。

 そして俺にリノと一緒に行くように言う。


「俺? 買い出しに行くのか? 良いけど」

「ぅえーい! クロウっち来てくれるんすか!」


 一度外に出るのは気分転換に良いだろうしリノも喜んでくれている。

 それに食材の買い出しなんてこの人数分なら軽いだろうし。


「二人共、気をつけて行ってきてね?」

「あーい。姫っちが治せない怪我はしないように気をつけるっす」


 立ち上がって準備運動にストレッチをしているリノに姫様が声をかける。

 リノは素肌に緩いオーバーオールしか着ていないせいで見えてはいけない物が見えそうでとても困ってしまう。


「心臓さえ動いていれば全て治してあげるわよ」

「わかってるっす! じゃあクロウっちと一狩りっすー!」


 リノは念入りに体をほぐすと座ったままの俺の腕を引っ張る。

 腕をギュッと体全体で掴まれると人肌の暖かさがなんとも言えな──狩り?



 ────────────


「ご飯楽しみっすねークロウっち。サキっちの料理って美味しいんっすよ! ほんとっす! ものすっごーくっす!」

「それはいいんだが……」


 最初にこのダンジョンへ来た時の様にリノに手を引かれて食材を取りに来た。

 辺りには魔物も歩いて居なければ店もない。


「なんすかなんすかー。リノもお腹すいてるんすから、もうちょっと一緒に我慢っすよ!」

「いや、腹は減ってないんだが……」


 というかノマオの市街ですらなく。活きのいい肉たちが大量にいる場所。

 つまりさっきサキと会ったジャングルの中だ。


「じゃあいっぱい運動してお腹を空かせるっす! 働いた後のご飯は美味しいっすよね!」

「うーん。どう美味しくご飯を食べるかって話じゃなく。俺がご飯にならないかを心配をしてるんだよ」


 まあ今日の食材ではなく在庫の調達という時点でうっすら分かっていたことだが。

 それより少し問題があった。いやけっこう大きいか。

 ゲートから出てすぐ近くには猪や熊の様な沢山の獣がいた。


 だがそれらをスルーしてリノはどんどんジャングルの奥へ進んで行った。

 そしてとうとうリノの御眼鏡に適う食材が居たのだが。


「ぅえー!? クロウっち美味しいんすか!? ちょ、ちょっと味見してもいいっすか!?」

「ストップ。リノ、怖いから近寄るな」


 なんでこの子はこんな脳天気でいられるんだ、目の前に居るのってドラゴンだよな?

 竜人とドラゴンなんて同じなんじゃないかと先輩に話していたのが俺が間違っていた。

 これは完全に別種だ。


 大きな飛行機くらいの巨体をしたドラゴン。

 そのウロコ表面にはうっすらとコケが生えていて体全体が緑色に染まっている。

 これを食材として狩るって正気かよ。


 今まで俺が見たことのある魔物は最大でも監督の倍くらいあるゴーレム程度。それも客としてだ。

 このドラゴンのどこから手をつけていいかさっぱりわかんないぞ。

 俺たちの距離はまだ少し離れていて相手も眠っているのが幸いだ。


「なあ、獲物変えないか? リノも──リノ!?」

「よいしょーーーーっす!」


「ドラゴンが起きる前に離れよう」そうリノに言おうとしたら、彼女はすでに大きな岩を抱えていて、掛け声とともにドラゴンの鼻っつらにそれを投げつけた。


「ばっ馬鹿じゃねえか!? 起きるぞ!?」

「あっちゃー手が滑ったっすー。しかも大変っすクロウっち」

「ああ? なんだよ! ほら目を開けやがった!」


 明らかに故意でドラゴンを起こしておきながら何故かとぼけるリノ。

 ドラゴンの目が開き、何が起こったのか探るためキョロキョロと眼球が動いている。


「リノ足くじいちゃったっすー痛くて動けないっすー」

「はあ!? どこから見ても元気だろ! 逃げるぞ!」


 急にしゃがみ込み自分の足を抑えるリノ。

 たった今両足で踏ん張って岩を投げたのに何を言ってるんだ。


「リノはもうダメっす。でもサキっち姫っちのために美味しいお肉を……ガクッ」

「起きてるじゃねえか!? ッ! 見つかったぞ! おい!」


 リノは屈んで自分の足元から枝や石をどけるとそこへ横になって「ガクッ」と口で言って目を閉じた。

 だが数秒置きに「チラッチラッ」と言いながら目を開けている。

 もしかしてこいつ俺を試しているのか?


 ドラゴンも完全に俺を見てるしどうすんだよ。

 武器も何も持ってないぞ俺。

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