13
サキが飛ぶ速度は思ったよりも速かった。
人二人分を浮かすのだから遅いと落ちてしまうのかもしれない。
目隠しをされ身動きも取れない俺には、ヒュウヒュウと風を切る音と彼女の体温しか感じられるものがない。
どれくらい運ばれていたのだろう。
温かでゆりかごの様な心地よさに手の痛みも忘れ。
バンッ! という大きな音が鳴る頃にはすっかりウトウトとしてしまっていた。
「──っ!? な、なんだ?」
「なっなんですか!? ってサキ? なんですかお行儀の悪い」
俺が目を覚ますのと同じ頃に誰か女の人の驚く声が聞こえた。
ああさっきのは扉を勢いよく開けた音か。
「すいません姫様。ですが急ぎ治して欲しい人がいるのです」
サキの声だ。
そしてその声と同時に俺の体が垂直になり、足が床に触れた。
そこに居る誰かと喋りながらサキは俺の拘束をほどいていく。
窮屈なそれから解放された体を伸ばそうとしたが、空気に触れたとたん左手がまた痛みだしたのでやめておいた。
体の布が全部解かれ最後に目隠しも外される。
数分も経っていないはずなのに光がやけに眩しく感じる。
俺が連れてこられた所は、床から家具まで全てが赤をメインに統一された大きな寝室だった。
部屋の隅に置かれた大きなベッドが置かれ、その横に椅子とテーブル。
更にそこに座って何かを飲んでいる女の子。
その子は、赤いメッシュの入った長い黒髪をまっすぐ垂らし、手首までをしっかりと覆った黒いドレスを着ていた。
「その方は? 男性の……人間さん?」
「はい。この人は……」
その座った女の子が少し眉を寄せてサキに質問する。
怒っているとか警戒しているという感じではなくただ戸惑っているようだ。
サキが答えようとすると、彼女はその視線をすぐサキから俺に移し数秒無言で見つめカップを口に運んだ。
サキはサキで俺をなんと説明するか迷っているようでゴニャゴニャと口ごもっている。
これは自分で名乗ったほうが早いな。
たぶんこの子が監督の娘だろう。
俺はその子を見たとき内心少しほっとした。
監督によって無理やりこのダンジョンに連れてこられた時はどんな魔物が出てくるのかと心配したが、彼女もリノやサキと同じく普通に可愛い子だ。
女の子の魔物には男の魔物の要素があまり出ないんだろうか。
「えーっと、俺はクロウ。監督……君の親父さん? のとこで働いてたんだけど今日ここに連れてこられたんだ。あっ君の名前聞いてもいいか?」
「お父様の? ──! ごめんなさい! 前もって言ってくだされば歓迎の準備をしたのですが。何も用意してませんの」
俺が監督のところに居たという話をすると、彼女はカップを落としかけるほどに動揺し、慌てて部屋の中を見渡してから俺に頭を下げた。
「ああいいってそんなの。それより──」
「すいまえんが姫様! ご歓談の前に私の夫の怪我を治していただけますか!」
それより傷の手当をできる物を貸してくれ。俺はそう言おうとした。
だが、言葉の続きはサキの緊張した声で遮られた。
「「は?」」
サキの言った言葉に俺と監督の娘さんの驚き声が重なる。
今、サキが夫って言ったか? ……もしかして俺のことか?
さっき初めて会って、何故か命を取られかけたってだけなのにいつの間に結婚したんだ俺は。
思い当たることなんてあの背中を撫でた事くらいしかないぞ!?
「サ、サキ? 貴女今なんと言いましたか?」
「はい姫様。彼、私の夫であるクロウの怪我を治してくださいとお願いいたしました」
「あっあの……貴女結婚したのですか?」
「はい。正式な式というものはしていませんが。父様がそう望まれましたので」
「ゴライア様が? えっあの私、話しについていけません」
「大丈夫です。そういった慣れはおいおい勝手に身につくものだと書物で見ました。それよりも治療を!」
「はっはい! クロウ、さん? こちらにいらしてください」
サキの変な迫力に負けた姫様がおずおずと俺を手招きしている。
彼女の目はこれはどういうことだ! と訴えているが俺だってわからない。
もし女の子に殺されかけたらその子は奥さんとして貰えます。なんて誰も想定しているはずがない。
「ではそちらの椅子に。腕をお出しください」
「ああ。こうでいいか?」
姫様が指した椅子の背もたれを左手で引き腰掛けた。
そのまま彼女の前に左手を出す。
「違いますよ。右の方です。サキ、この方の腕はどこですか」
「はい。ここに」
姫様に言われサキが何か小さな包を持ってきた。
う、腕? いや痛むのは左手だって。
でも何故か急に右側が気になる。
「クロウ様。大丈夫です。姫様の力でしたらしっかりとつながりますので」
「つなが? 何を、だってそっち俺痛く──」
「おー! もうクロウっち来てたっすかー。あサキっちも。おはよーっす」
サキに変な慰められかたをしていると、扉がまたバンッ! と開きリノが元気よく入ってきた。
彼女はタタッと俺と姫様のところまで駆け寄って。
「なーにしてるっすか──ぅわーめっちゃヤバイっすねクロウっち。腕取れちゃたんす? ぐっちゃぐちゃっすね」
「いやちょっとな。色々あったんだよ」
テーブルの上を見てすぐにそう言った。
俺の腕どうなってるんだよ……すぐ近くなのにもう怖くて見れない。
「……私がやったんだ。不審者と勘違いしてしまってな」
「サキっちが? ダメっすよもう! 親分さんから姫っちへのプレゼントを壊しちゃ!」
「プレゼント? お父様が何かくださったのですか?」
俺に魔力を当てようとしていた姫様がリノの言葉に反応する。
「そうっすよ! 親分さんに言われたんす! クロウっちは姫っちへのプレゼントだって。二人に結婚して欲しいみたいっすよ?」
「「「──ええ!?」」」
再び重なった驚きの声は三人分だった。




