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 さっきよりも明らかに殺気を持って拳を構える竜人の娘。

 今度はいったい何が問題だったんだか。

 だいたい剣を持ってるかってなんだよ。

 金がないのに自分の剣なんて買えるわけないだろ。使う予定もないのに。


「なあ、とりあえず落ち着けよ。かんちが──」

「剣を! 構えろ!」


 俺は両手を上げて何も持っていないことをアピールしたが、彼女は全く聞き入れる様子がない。

 俺がいつまでも剣を出さない事に焦れたのか拳に魔力を纏わせて殴りかかってきた。

 木が生い茂って薄暗いジャングルを彼女が放つ金色の魔力が照らす。


「危ねえだろ! 馬鹿かよ」


 彼女の拳はまっすぐ俺の顔を狙って来た。

 細い足が踏み込む瞬間拳の魔力量が跳ね上がり、どうにかタイミングが測れた。

 飛びかかってくる瞬間に横へ飛び込み、地面に転がってなんとか避ける。


 突然の事に心臓がドッドッドと早鐘を打ち始める。

 空中に黄金の線を残す彼女の魔力を綺麗と思う余裕すらない。


「なぜ剣を構えない! 私が弱いからか!」

「違うっての。持ってねえからだよ」

「ふざけるな! 剣を持たない剣士が居るか!」


 怒鳴りながらも的確に俺を攻撃しようと彼女が向かってくる。

 何を怒ってるんだこの子は。

 俺が親父さんから戦闘を教わってるのがそんなに嫌なのか?


「俺は剣士じゃねえよ! やめろって! なっなんだったらっ、教わるのも辞めるからよ」


 俺は転がって攻撃を避けながらどうにか立ち上がるタイミングを探る。

 彼女の攻撃は一発ごとに速度が上がっている気がする。

 このまま地面にゴロゴロしてたら絶対当たる。そしてあれは当たったら笑って済ませられないだろ。


「──ッ貴様! 父上に師事しておきながらっ! 投げ出すのかぁあああああああ!」

「ええ!? やめろって、言うんじゃないのかよ」


 完全に目がイっちまってる。剣を習ってることが許せないんじゃないなら何なんだよ。

 まあでも少し攻撃が緩んできた。怒りで攻撃が大振りになったせいだ。

 距離を開けないと。


「男なら! 極めるまで投げ出すな! それか! ここで! 命を! 投げ出せ」


 体中を光らせていた魔力が、彼女の背中に集まり巨大な一翼へ姿を変えていく。

 ああ、これは絶対ヤバイやつだ。

 俺は彼女の方を見ることもせずに慌てて立ち上がり、なるべく太そうな木を選んで盾にしながら離れた。


 後ろからメキメキッと木が倒れる音がするが振り返ることはできない。

 冷や汗が止まらない。

 通り過ぎる木の数と、木の倒れる音を数えて比べようかとも思ったが、そんなことをする余裕すらない。


「どこへ行く! 逃げるな!」


 ッダァアアン! ッダァアアアアアン! ッダァアアアアアアアアアン!


 なんとか振り切り、大樹に登って俺は息を整えていた。


 なんか破壊の規模がデカくなってないか?

 あの翼と拳でどうやったらこんな爆発音が出るんだ。

 というか自分達の縄張りだろうにそんな暴れていいのかこいつ。


 これ俺が隠れて収まるんだろうか。

 一度は普通に話を聞いてくれていたんだから今は理由が有って怒っているんだろう。

 だったらその原因を俺が理解するまで追ってくるのか?


 さっきからあいつは何を言ってる? 剣を構えろ?

 でも持ってないと言っても怒った。

 もう最初の目的は忘れて俺を殴るまで止まらないのか?


 俺はあの破壊力で殴られた時の事を想像し急いで首を振る。

 あれは流石に死ぬ。

 じゃあ彼女を倒すか? ……彼女の攻撃は一直線でクセがない。


 避けて一発カウンターを入れることは出来るかもしれない。

 でも俺の素手での攻撃が竜人に効くか? 

 あっそういやゴライアさんが前竜人の女の子の弱点を言っていたような……。


『クロウ、いいか? 竜の女は名前を呼んで背中を撫でてやればイチコロだ』

『俺竜人の知り合いゴライアさんしかいないんすけど』

『なら俺の娘をくれてやる。っふ、あいつもそろそろオスを宛てがってやるべきだ。いいか、娘の名は──』


 普段はクールなゴライアさんが酒の席で酔って珍しく下ネタを言っていたからよく覚えている。

 てかあの時の言ってたのがこの子かよ! なんであのおっさん達は前もっての説明がないんだ。


「どこだ! 出て来い軟弱者!」


 ちょうど彼女は俺がいる木の下まで来た。

 ゴライアさんは背中が弱点と言っていたが見てわかれば良いんだけど。


「どこだ! クロウッ!」

 ッダァン! 真下まで来た彼女はそのまま手近な木を殴り倒した。

 俺が上に乗った木を。

「うわっ!」


 木が倒れ始めて思わず声が出てしまった。

 その声に反応して真上を見上げる彼女と目が合う。


「そこかぁあ!」


 俺を見つけて嬉しそうに口をほころばせる。まるで待ち合わせした恋人を発見したような笑顔だ。

 全力で攻撃をしてこなきゃ凄く喜ぶシチュエーションなんだが。

 ああもう。覚悟を決めて一発やるしかないのか。


「しぃねぇえええええ!」


 俺が落下するわずかな時間にも、彼女の拳の光は強まる。

 あれがまっすぐ顔に当たったら……。

 いや今更怖がっても、楽しんでも、怯えてももうどうしようもない。


 歯を食いしばり、目を閉じたくなる心を抑え一瞬のチャンスを待つ。

 ゴウッ!

 彼女の拳が地面からアッパーカットで打ち上げられ、強風が俺の顔を叩く。


 今だっ!

 右腕を外側にして両腕をクロスさせて彼女の拳に当たった。

 メキャッ! と鳴っちゃダメな音が聞こえた気がするがもう遅い。

 無事な左腕で彼女を抱きしめ、背中を撫で。


「サキっ!」

「っつ!?」


 彼女の名前を呼んだ。

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