1話
迷宮都市ノマオ。それがこの街の名前だ。
様々な世界の多種多様な魔物たちが暮らす超巨大都市。
陸路、空路、海路。そのどれを使ってもたどり着けない完全に隔離された不思議な街。
ならこの街に居る魔物たちはどうやってここにたどり着いたのか。
それはダンジョンを通って、だ。
宝を隠すため。勇者を足止めするため。ただの魔物達の住処。
ダンジョンと一口に言っても性質や成り立ちは違う。
中に住む魔物もただ人を襲えばそれで満足な生活を送れるわけではない。
ダンジョンを作るにも維持するにも様々な物資は必要だし、人との争いが続く地域では安心して一人外出もできない。
魔物達のダンジョン経営はギリギリのバランスで保たれている。
ある日、ある世界。異世界という概念の存在を理解していた一人の魔物が思いつく。
「新たな世界を作り、そこを様々な世界から持ち寄ったアイテム集積所兼娯楽施設としよう」と。
そうして彼は彼が知る全ての世界の全てのダンジョンにその世界へと通じる扉を作った。
この街で暮らすためのルールは簡単、たった一つだけ。
【この街を支配しようとしない】
様々な世界で世界征服を目論む魔物が集まるのだ。
当然その全てを配下にしようと目論む者が多い。
だからこのルールだけは絶対に全ての住人が守らなければいけない。
しかし、そのたった一つさえ守れるのならば、ノマオはどんな者でも受け入れる。
魔物ではなく、悪でもない者でさえも。
これは、魔物の街ノマオに体一つで迷い込んだ俺の物語。
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サカキ・クロウタ
種族・人間
スキル
即興式(火焔)
+8
術式を用いず、その場で新たな力を作り出す能力。
能力補正:補正1ごとに作成に必要な魔力と素材が減少する。
属性補正:燃やし、溶かし、焦がす力が強化される。
呪術吸着
+4
自分で放った術を指定した物へ留めておく力。
能力補正:3以下の場合消費魔力3倍。7以上の場合消費魔力半減。
魔力付与
+3
魔力を持たない物へ魔力を分け与える力。
能力補正:7以上で生命体への付与可能。
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「おうクロウ、そろそろあがっていいぞ。ほら! 他の奴らも終わりだ! とっとと荷物まとめて帰れ!」
「はーい了解っす監督」
大小様々な作業機械が轟々とうるさく動く部屋の中、その内の一つをメンテナンスしていた俺は大柄な男に声をかけられた。
それは背丈が3mもある赤い肌の人間で、俺が今働いている会社の社長のような人。
みんなからは気軽に監督と呼ばれている。
その監督に促された俺は、手早く区切りのいいところまで作業を終え、帰り支度を済ませて工具箱を担いだ。
金属の工具が入った箱は、片手で持つのが辛いほどに重いが俺の足取りは軽い。
今日も一日真面目に働き、こうして無事終業時間を迎えることができたという安堵感が有るからだ。
人生平穏が一番。この世界に来てからその言葉が深く心に刺さる。
額の汗を拭いながら平和の貴さを考えていると先輩たちも集まってきた。
みんな俺と同じく首からタオルをかけ、分厚いヘルメットを被って工具箱を持っている。
でも、外見はそれぞれ違う。
この会社は従業員数が百人近くいるにもかかわらず、同じ種族の従業員はいないらしい。
例えば、まず人間の俺。
人間とは特別な能力もないし魔力もない。
たまにノーマルから外れた勇者などが生まれる以外に優れた部分のない種族。
俺の他には、監督は小人巨人という一言で矛盾してそうな種族だし、他にもオークのおっさんや竜人のおっさん。
あとは骨だけの奴や意思疎通が取れているか怪しい奴等の色んなジャンルの魔物達が真面目に働いている。
バラバラな外見の彼らにある共通点は、言葉が通じることとあんまり凶暴ではないということくらい。
まあ突然迷い込んだ俺を受け入れてくれて、馬鹿にすることもなく丁寧に仕事を教えてくれたいい人達だ。
見た目なんて今はもう気にしていない。しいて気になることを挙げるとすれば……。
俺らが作っているものは、冒険者を返り討ちにするためのダンジョンだということくらい。
「監督ぅオレの作ったマシンはどうだぁ? たぁくさんやったかぁ? たぁくさん!!!」
「グハッハッハッ! おおチャンプ! あれは凄かったぞ! 冒険者どもがな? こうワーッと来るだろ。そこをスパッと一発だったぞ! 今日のテストだけで百人はやったな」
ちょうど俺の横を歩いていた黒い巨体のオークが監督に自作品の出来を聞いていた。
彼はチャンプさん。2mを超える身長と生半可な刃物では傷も付かない体の厚さが特徴のオークだ。彼が何のチャンピオンなのかは俺も知らない。
知ってることはこの職場の古株であり、体の太さからは考えられない手先が器用なおっさんだということくらい。
彼の作る罠は細部まで完璧に調整された機能的美しさが特長で、俺も機械工作を彼から教わっている。
今聞いていたのは一つ前の現場で彼が開発した罠の動作状況について。
設置作業が終わりテストするという段階で今回の仕事が入ったため、彼は可動現場を見れなかった。
それを今日監督が一人で確認しに行ったらしい。
ちなみにその罠というのは、隠れる場所がない長い一直線の通路を大きな刃が複数走り抜けるというもの。
つまり監督が言っていたワーっときた冒険者というのは通路を歩いていた人達で、それがスパッということは……うーん考えたくない。
いくら蘇生呪文があり、ダンジョン内で死亡しても復活するとはいえ、冒険者たちもよくそんな痛いことをするもんだ。
俺は一回でも死ぬのは嫌なのに。
「グロウス、出口だ」
「ハッハッハッ! ん? ああゴライア、分かった。よぅーーーーし! お前ら! 忘れずに今日の金貰って帰れよ!」
監督とチャンプさんの会話を聞きながらダンジョン内を歩いていると、先頭を歩いていた先輩の一人が出口を指差し振り向いた。
スラリとした長身と背中に長い刀を二振り背負った姿が特徴の竜人、ゴライアさんだ。
彼もチャンプさんと同じく監督とは長い付き合いで、ダンジョン内に配備される魔物達の調練を一任されている。
竜人種の特徴は全身を覆う刃や呪文を弾くウロコ。彼の場合、体を黄土色に輝かせているのがそれだ。
今は錆び付いた色だが昔は黄金に輝いていたらしく、その頃の彼の背中には黄金のウロコに負けない煌く両翼がついていて色んな種族の女の子にモテモテだったとか。
でもその翼は今はない。何故かというと翼の代わりに背負った刀のせい。
彼は竜人の剣士なのだが、彼の種族は生まれ持った肉体だけで戦うの事を美徳としている。
体を守る鎧もダメで誰かが作った刀なんて論外。なのにそれでも彼は剣の道を極めたかった。
だから、彼は自分の翼を切り落とし、自分の手で刀として鍛え上げた。
剣の為なら空を飛ぶ翼もウロコの輝きすらも捨てる彼は、自分にストイックなだけでなく教えを受ける生徒たちにも厳しい。
生きるために必要だと監督に言われ、俺は彼に剣を習っているのだが稽古の度に体中大きなアザを付けられている。
素晴らしい罠造りの名人と凄腕の剣士に毎日色んなことを教わる。
この世界に来てすぐはこの幸運が分からなかったけど、最近いかに自分が恵まれているのかがだんだんわかってきた。
魔物たちが集まり法律もなく暮らすこの世界では、一日を無事に終えるだけでも中々に難しいのだ。
「クロウ、ほらお前の金だ! おっことすなよ!」
「んっありがとう。監督」
幸せを噛み締め一人で頷いていると、赤くて大きな手がズンッと目の前に伸びてきた。
俺が座って乗れそうな程にデカイ手のひらには、硬貨の詰まった小袋が乗っている。
誰にも平和な一日を保証されないこの世界ではお給料は日払いが基本だ。
まだまだ見習いの俺の給料は一日1200ゴールド。こっちで半年くらい暮らした体感的な物価は1ゴールドが10円くらい。
日本でバイトしていた時の事を思い出せば日給12000円はかなり貰えてる気もする。
だけど、向こうでは実家で親と一緒に暮らしていた。
それが頼れるものの無いこっちでは自分で家賃や食費を払わなければいけない。
それを考えればすごく多いってわけではない。
日常品だけでも足りてない物ばかりだ。遊びに使う分も残らない。
「クゥロウ。おぉ前。飯どぉうする?」
「おごって貰えるんならついてきます!」
給金を貰って今日はこれからどうしようかと考えていたら、チャンプさんが寄ってきた。
賑やかなことが大好きな魔物たちの仕事終わりの定番は皆で集まり酒を飲んで大騒ぎすること。
金欠な俺にとってもこのお誘いは一番嬉しなイベントだ。
「グフウフッフッフッ! 今日ぅはゴォラが出す番だぁ! 好きなだけ食ぅえ」
「チャンピオン……そういうことは自分の番で言え」
「グハッハッハ! いいじゃねえかゴライア。よーーし今日は俺が出してやる! お前らっ! 腹減った奴は付いてこい! 今日は俺のおごりだ!」
「「「おおーーーー!!!」」」
監督が夕飯は奢りだと宣言すると一緒に出てきた数十人の従業員たちから歓声が湧いた。
大きな監督の声に負けないくらいにみんなが盛り上がっている。
先輩たちも俺と同じくタダ飯とただ酒が大好きなのだ。