【CONTINUE】 持つべきものは、弟
どうにか無事、自己紹介を終えた二人。アンパンの中身より、手から炎が出たことの方が重要じゃないのか!?
「それにしても、ココは一体どこなんだ〜」
腹が満たされて、マコトとキトの二人は午後のまどろみの中にいた。
「だから、」
マコトの言葉を受けてキトが答えようとするのを遮る。
「わかってるって。ウマカイヤって村の近くだろ?」
そうは言っても、マコトが知っている地名で、ウマカイヤなどというものには全く心当たりがないのである。
「う〜、参ったな〜」
学校にはとっくに遅刻している時間なのだが、現在地が見当もつかない状況ではどうしようもない。
そうだ、と思いたってバックパックを漁ってみる。
探り出したマコトの手には、白く輝く携帯が握られていた。
「これがあるじゃ〜ん」
ジャジャーンと効果音つきで取り出した携帯だったが、辺りを見回してガクリと頭を垂れた。
「とは言ってみたものの〜。携帯があってもこんな山(?)ん中じゃ圏外だろうしな〜」
見渡す限り鉄塔どころか電柱すらない。
諦めきれず、無造作に二つ折りの携帯を開いた。
「おおっ! ばり3!?」
予想外にも液晶の画面に表示されたアンテナの数は3本。
これなら、GPS機能が使える。
操作して自分の居場所を確認する。
「……冗談だろ」
確かめるように、最初の画面に戻って、もう一度調べてみた。しかし、それはどうみても、自宅を指している。
そんなはずはない。
こんな森の中に家は建ってないし、実際目の前にあるのは森と泉と崖…。
もしかして夢でも見てるのか、と両目をグリグリ擦ってみたが、相変わらず目の前には森と泉と崖しかない。ああ、それと忘れてはいけない、村人少年Aだ。
「夢じゃねーな」
バリバリと額をかきむしる。
「うい〜、ここ〜はど〜こだ〜」
胡座をかいた足に肘をつき、両手でほっぺたをつまんでひっぱりながら苦悩している。ように見えて、実は変な歌を作っているマコトを見ていたキトが、呆れた視線を投げかけていた。
「おっ、そうだ! アイツがいるじゃ〜ん」
またも何か思いついたご様子で、腕時計で時間を確認する。
アイツは今ごろ給食も終わり、昼休みのはずだ。
ニヒヒと笑って携帯を操作する。
3回目のコール音の後。
『…なんだよ』
無愛想な声が耳に届く。
「マサミか?」
真実と書いてマサミ。
字面は可愛いが、実物はというと、兄のマコトの身長をいつの間にやら追い越した、中学に通う年子の弟だった。
『わかりきったこと訊くなよ。なにか用?』
昼休みに電話を架けてくることなど、テレビの録画予約を忘れたときくらいしかない兄に、冷たい声で答える。大抵、くだらない用件でしか架けてこないのだから、弟の反応も間違いではない。
そんな対応に慣れてしまっているのかマコトは頓着せず、マサミに命令する。
「お前の携帯で、俺のいる場所を確認しろ」
『はあ?』
いつもの如く、どうでもいい内容に嫌な声が出た。
「いいから、早くしろよ」
返事も待たず、ブツッと音をたててマコトが通話を切った。
程なくしてマサミからのコールがなる。
待ち構えていたマコトが受信ボタンを押すと、前置き無しにマサミが訊いてきた。
『なに、兄貴家にいんのかよ。学校サボったのか?』
なんとも律儀なことに、ちゃんと調べて架け直してくる。
しなければ、催促の電話がマサミを呼び出すことになるのが判りきっているので、そうせざるを得ないのだが。
「遭難中だ!!」
突拍子もない言い訳に、マサミが非難の声をあげた。
『はあ!? どこの世界に自分ちで遭難するバカがいんだよ』
「ここにいる!」
見えもしないのにビッと親指で自分を指した。
胸を張って言うセリフじゃないだろう。それは。
「いいか、よく聞けよ。俺はいま森の中にいる」
真剣なマコトの口調に電話の向こうでマサミの胃が痛くなる。
『…兄貴』
ゲームのやりすぎで、ついに幻覚まで見るようになっちまったのか、とマサミの頭を不安と疑念が過ぎる。
「いいから聞けって。俺はテニス部の朝練のために学校へ向かった。が、なぜか森の中に倒れていた。そして、―――」
何を考えているのかしばしの沈黙。
マコトの頭の中では思いつく限りの回想が展開されていた。
イケメンアイな危険な生きものに追いかけられて、気がついたらずぶ濡れで、目が覚めたらキトがいた。
―――長いな、説明すんの面倒だから省略でいっか
「まあ、いろいろあって〜、今はキトといる」
この際、いろいろでも中略でも構わねーよ。
マサミのぼやきが電波に乗ることはなかった。それ以上に気になることがある。
『つうか、…キトって誰?』
ゲームのキャラクターとか言ったら殴るぞ。
「村人少年Aだ!」
躊躇なく言い切るマコトの、無意味に自信満々な声が白い歯キラーンな映像を呼び起こして、めまいを覚えた。
『……』
携帯の向こうではマサミが、額を抑えて唸っていた。
「信じてないなっ!? よぉーしっ! 写メ撮って送ってやる。合成じゃないからな!」
ブチッと音をたてて携帯が切れた。
どうしてあの兄は、いつも微妙にテンションが高いんだろう。
静かなのは寝ているときと、飯を食っているときだけ。
起きている間中なにかしら騒いでいる。しかも、人の話はいい加減にしか聞かないし。
ぶちぶちと口の中で文句を垂れているマサミだった。
まもなく、マサミの携帯がメール受信を告げる。
学校の屋上の端に腰かけて、金網のネットに寄りかかり携帯を操作したマサミが目を剥いた。食い入るように携帯の画面を見ている。
届いたのは2枚の画像と1つの動画。
開いてみると1枚目の画像には、白い見たことも無い形の衣服を着た少年とマコトが、肩を組んで森をバックに写っている。
2枚目は1枚目に写っていた少年が泉の前に直立不動の姿勢で正面に立ち、これまた見たことも無い景色が収まっている。画面の端に黒いもさっとしたのが写っているのは、画面に入り損ねたマコトの頭だろう。
なんと言っても、一番驚いたのは動画だ。
『ファイアー!』と叫んだマコトの手から、炎が飛び出す動画が送られて来たのだ。
おそらく撮ったのは、キトという少年だろう。
泡食って、マサミがマコトの携帯を呼び出した。
『兄貴何やってんだよ!?』
「ナニって、だから、遭難?」
聞こえてきた声のすっ呆けた調子に「冗談じゃ済まねえだろ!」とつっこんだ声は予鈴にかき消された。
『ちょっと待て、ヤバイ、授業始まる! ガッコ終わったら連絡するから、それまで携帯切ってろよ! どうせ、充電できないんだろ? じゃあ、一旦切るからな!』
慌しく通話を終わらせたマサミに、ふむ、なかなか良いこというな。と納得して、マコトは携帯をオフにした。
【SAVE】