【CONTINUE】 腹が減っては・・・
昼食タ〜イム。…いやいや、もっと大切なことがあるだろう
ずぶ濡れの学生服のカタマリを前にマコトが考え込む。
固く絞ってみたが、全然水気はとれない。さすがに濡れたままバックにしまう気は無かった。
「とりあえず、干しとくか」
適当な太さの枝を拾ってきて適当にひっかける。
「こんなんで、乾くかなぁ。お前、火持ってないよな」
ライターとかマッチとか、という意味で何気なく言ったマコトだが、言われたキトは火種なんか持って歩くか!?と思いながら首を振った。
まあ、小学生がライターやらマッチやら持ってるわけ無いか、と勝手に解釈してマコトがため息ついて泉を背に座り込んだ。
「あーあ、ファイアとか使えたらなあ」
濡れた服が乾かせるのに。と続くはずの言葉は、途端に重くなった腕に気をとられ、口から出ることは無かった。
手のひらが燃えるように熱い。
「なんだ、これ?」
怪我でもしたのかと手のひらを見るが外傷はない。
反対の手で何気なく触れようとして、地肌に届く前に驚きで手を引っ込めた。
「ぅあちぃ!」
とんでもなく熱い。湯を沸かしたばかりの薬缶に素手で触れてしまった様な熱さだ。
左手はどうもないのに、右手だけが異様に熱い。
指をわきわきと動かしてみると熱が手のひらの中央に集まっていく。
―――なんか、出そう
指を開いたまま手のひらに力を入れて見た。
「うわあ!」
途端に手のひらから赤い何かが飛び出してくる。
とっさに避けた顔をかすめ、髪の毛をジュルっと焦がし、それは弧を描き泉の中へと落ちた。
落ちた瞬間、それはジュッと音を立てて消滅したかのようにキトの目には見えた。
「お前、いま何をした!?」
「…わからねえ」
「分からないわけがないだろう! お前がしたことだぞ」
独りで何を騒いでいるんだと思っていたら、突然マコトの右手から赤いカタマリが飛び出してきたのだ。それも、見たところ火のカタマリのように見えた。
そのことに驚いているのはマコトも同じだ。
何をしたと言われても、何もした覚えはない。それ以上に、焦げた髪の毛から異様な匂いまで漂ってきて不安感が増す。
「わからねえっていってんだろ! ただ、ファイアって」
まただ、つい先ほど経験した感覚。
右腕が重くなる。
目を見開いた。
「まさか…」
立ち上がり森の中に足を向ける。
「どこへ行く?」
キトの問いも聞こえていない様子で森に踏み込むと、まばらに落ちている小枝を集め始める。
右手を使わないように気をつけながら拾っていくがこれでは埒があかない。後からついてきていたキトに言う。
「手伝え」
命令口調にムッとしながらもキトは長衣の裾をまとめて掴み、さくさくその中に小枝を集めていく。
マコトがなにかをしようとしている。それがわかったので、不本意ながら手伝う気にもなれた。
集めた小枝を泉のそばまで運ぶ。
マコトは服を掛けた枝の近くで小枝を円状に重ねていく。
―――何をする気だ?
キトが訝しげに見ている前でマコトは立ち上がり、並べ直した小枝の上に手をかざした。
二、三度指を動かすと目一杯指をそらし開く。
瞬間、マコトの手が上に弾かれた。手から飛び出した赤い塊が寄せた小枝にボッと火をつける。
「やっぱり」
呆然と呟く声に、確信と惑いが交錯する。
「…それが、お前の力か?」
少し離れたところで見ていたキトが訊いた。
「俺の、チカラ?」
「ミツシ様がおっしゃられたんだ。『形は人、性は雄、不思議な力』…」
「ミツシ様?」
「私の師だ」
「そういや、名前何? 俺は、柘植マコト」
ああ、そうだった。とキトは少し思案した。
キトにとっては二度目の自己紹介になるわけだが、同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。
手ごろな枝を拾ってマコトの正面に座り、草の生えていない場所を選んでカリカリと文字と絵を書いて説明する。マコトも同様に地面へと座った。
「私の名前はキト・シャルオート・ゥマクァイヤ。ミトではなくキトだ。ちなみに私の住んでいる村の名前がゥマクァイヤで、その村から西にある泉がココ、いま私たちがいる場所がこの西の泉だ」
「村の名前がお前の名前についてるのか?」
「そういう決まりだ。キトが呼称で、シャルオートは生まれた場所の名前。現在住んでいるのがゥマクァイヤ、という意味だ。呼ぶときは『キト』でいい」
「ウマカイヤ生まれのウマカイヤ育ちだったらキト・ウマカイヤ・ウマカイヤってことか?」
どうにもマコトの発音が気になるキトだったがそれをいっていたら元の木阿弥。あえて、聞き流すことにした。
「その時はキト・ゥマクァイヤになる。現在住んでいるところが生まれた場所と違うなら私がさっきいったように名乗ることが多い」
「じゃあ、何度も住所が変わると名前も増えるんだな」
訊いてくるマコトにキトは首を振った。
「そうじゃない。いくつの村や町を移り住んでも名乗るのは3つだけ。呼び名・生まれた土地の名・現在住んでる土地の名。これだけだ」
「つまり、呼称・本籍・現住所ってことか」
フムフムと指折り確認して頷いている。
真面目に聞いていると思ったら、突然足を投げ出して、はぁ〜とため息ついたマコトに、一度に説明したのでわからなかったのだろうかとキトは心配になった。しかし、キトの予想を裏切って、マコトの台詞はなんとも気の抜けるものだった。
「腹減った〜」
ガックシだ。
思わず顔を押さえてため息が出る。
「おっ、もう十二時じゃん。腹も減るっつうの」
腕時計を見て、いそいそと荷物を漁り始める。
「それは何だ?」
指差した先を見てマコトが首を捻る。
「何って、時計だけど? 防水加工してあっから水に浸かっても大丈ブイ」
右手でVサインを作ってみせるが、そんなことはどうでもいい。
キトは興味深げにその右腕にはまった時計をマジマジとみつめている。
「トケイってなんだ?」
「時計を知らないのか!?」
「知らない」
「時間を見るものだよ」
「時間を、見る? 時計のことか」
「トキバカリ?」
互いに顔を見合わせてしばらく首を捻っていたが、ぐぅ〜とマコトの腹の虫が催促をはじめた。
「と・に・か・く、何か食わねーと考えんのムリ〜」
再びバックパックを漁り始める。
長方形の布に包まれたものを取り出すと結び目を解いて弁当箱を取り出した。
「キト、お前も食うか?」
がっつきはじめたマコトを見ていたキトの視線が気になるのかマコトが言う。
「いや、私は」
くぅ〜
マコトほどではないがキトの腹の虫も騒ぎだしたようだ。
「……」
真っ赤になったキトを見て、マコトが笑った。
「腹のほうが正直だな」
バックパックからパンを取り出しキトの前に3つ並べた。
「甘いのと甘くないの、どっちがいい?」
順にアンパン、クリームパン、ピザパンになっている。
「…どっちでも」
「じゃあ、アンパンな」
キトが手渡されたビニール袋の端を掴んで、目の高さまで持ち上げ不思議そうに眺めている。
「このまま食べるのか」
「? ああ」
キトが訊いてきた意味がわからなかった。
袋から出してそのまま食べる以外にどんな食べ方があるんだ? まさか、焼いたり煮たりするつもりじゃないだろうにと思いながら頷いた。
返事を聞いたキトが、意を決したようにかぶりつく。
「うわぁっ! ちょっとまて、袋はムリだから!」
キトの手と頭を掴んでバリっと引き剥がし、その手からパンの入った袋を奪う。
「さすがに袋は食えねえって」
ビニール袋を破って中のパンだけを渡した。
手渡された茶色い物体をキトが嗅ぐ。美味しそうな、食欲をくすぐる匂いがした。
一口かじって咀嚼する。
「美味い!? これは何だ」
中の黒い塊をさして聞くキトにマコトが答える。
「餡子だよ。アンコの入ったパンだから、アンパン。ってアンパン食ったことねえの!?」
驚くマコトにキトが首を振る。
「初めて食べた。これは何かの実か?」
「豆だよ。小豆を甘く煮てあるやつ」
はぁと感心したように頷きながらアンパンにかぶりつくキトを、今度はマコトが不思議そうな目で見る番だった。
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