【CONTINUE】 リセット -出会いから始めよう-
最悪な出会い方をしてしまった二人。しかし、マコトの様子がおかしい…。
森の中は生命に満ち溢れていた。
泉では水がしぶきをあげ、時折魚の跳ねる音がする。
風が吹けば草や枝の葉がサワサワとさわめき、木々の間を飛び回る鳥のさえずりも聞こえてくる。
耳を澄ませば遠くの獣が遠吠えする声も聞こえた。
穏やかな午後だった。
泉傍の草っ原に座り込んだキトは、のんびりとした空気を漂わせていた。
キトにしてみれば、毎日の家事から開放されたのだ。家事をするのは嫌いではないが、毎日となるとたまにはこんな時間を持つのも悪くないと思えた。
突然影がさしたのに、視線を空へと向ける。
―――あ、クシューが飛んでる
真っ白い体に日の光を受け、細長い体をくゆらせながら遥か頭上を泳ぐように進んでいく。ハズミルの森のほうへと向かっているのだろう。
クシューの成獣が住む森だ。
キトのすぐ横にはマコトもいた。
大の字に転がっているのは何も寝ているわけではない。
キトにしても、寛いでいるわけではなかった。
単に、見たくないものから目を逸らしてみた。…みたいな?
言ってしまえば、現実逃避に他ならない。決してマコトを見ようとはしないその態度が、事実を物語っていた。
少しだけ、時間を戻そう。
とび蹴りを食らって泉に沈んだマコトは、すぐにプカーと水面に浮かんできた。目をギュルギュルと回して。
「どぇえええ!? 待て待て、沈むなー!!」
再び沈もうとするのを、キトが慌てて足を掴み、泉の中から引きずりあげる。顔を真っ赤にして奮闘するがなにせ、小学生が高校生を水の中から引きずり上げるようなものである。キトとマコトは10センチ以上も身長差がある。体の大きさも大分違うが、プラス水の重さがある。泉から少し離れた場所へと運び終えたときには息が上がり、草の上にへたり込んでしまった。
引き上げたのもつかの間。
―――気持ち悪っ!
キトがギョッと仰け反ってしまったのには訳があった。
見てしまったのだ。
大の字に転がされたマコトの、白目をむいて伸びた姿を…。
しかして、その気持ちの悪い物体から意識を背けて、しばし逃避旅行へと旅立ってしまったのでありました。ちゃんちゃん。
とまあ、そんなわけでキトはマコトが目を覚ますのを待っていた。
クシューの尾が枝葉に隠れてしまう頃、う〜ん、と唸り声を上げてマコトが身じろぎするのに、キトもつられてそちらを見下ろした。
起きたか? と顔を覗き込んでいると、眉間にシワを寄せてマコトがうっすらと目を開く。
マコトの眼に飛び込んできたのは申し訳なさそうな顔をした十二、三の少年だった。
貫頭衣のような服を着ている上に色素の薄い茶色の髪、瞳の色は水色、と生粋の日本人でないだろうことは見て取れた…。???
体を起こすと、くらくらする頭を振る。
辺りに水しぶきが飛び散った。
思いがけず後頭部と腹部に鈍い痛みが走る。
「いってぇー」
頭と腹を押さえてうずくまるマコトに心配そうにキトが話し掛ける。
「大丈夫か」
しばらく黙り込んでいたマコトだったが、ちらりとキトを見て口を開いた。
「お前、ダレ?」
見知らぬ他人に遭遇したときの表情そのもので聞いてくる。
先ほど自己紹介しあったばかりの相手に言うような台詞ではない。
キトの動きがピシッと固まる。
動きは止まっても、カチカチカチカチとキトの思考は目まぐるしく今の状況を整理していた。
マコトをうかがえば、案の定キトに視線を注ぐこともなく、自分のずぶ濡れになった体を見下ろして、どうなってんだ?と騒いでいる。
この男は一つのコトに集中できないのか。
誰?と真顔で聞いてくるのに驚きはしたが、キトの思考は結論をはじき出していた。
腹を抉られ吹っ飛んだ拍子に、見事に記憶もすっ飛んでいったらしい。
……オメデタイヤツだ。
ふっと意地の悪い笑みがキトに浮かぶ。
一瞬のことで、すぐさまそれを心配げな表情で覆い隠すと、マコトを気遣うように話し掛けた。
「大丈夫ですか?」
いまのキトの表情を見て、まさか泉に蹴り込んだ張本人だとは誰も、…マコトも、夢にも思わないだろう。
まあ、元々泉に落ちてきたのだ。ずぶ濡れなのはキトのせい、だけではない。腹と頭の痛みは間違いなくキトのせいだが。
「う〜、まいったな〜。なんで俺ずぶ濡れなんだ〜。しかも、シャツはだけてっし」
自分の姿を見下ろしての困惑と、
「ってか、ここどこ〜?」
周囲を見回しての疑問と、
「なんで俺の腹と頭が痛いんだ!?」
何故か腹と頭が痛いことに憤慨しているマコトは一人騒いで大忙しだった。
キトが背中に背負っていた麻の袋を下ろし、コッカーが拾ってきた入れ物を取り出す。その中に服のようなものがあったのを思い出したからだ。マコトは、見慣れたバックパックを麻の袋からキトが引きづり出すのを見て目を丸くした。
「あ、俺の荷物!」
「やはり…お前のか」
キトの声に非常に残念そうな響が含まれている。なぜなら、ミツシの言っていた人物に間違いないことを不本意ながら認めざるをえないからだ。
「拾ってくれたのかー、サンキュー」
「サンキュ?」
キトは時折、意味不明な言葉を使うマコトに首をかしげる。マコトがその様子に気付いているわけがないのだが、一応言いなおす。
「ああ、ありがと」
マコトはさっさとバックパックから部活用の赤白ジャージを取り出して着替え始めた。制服の上下を脱いだところで下着までびしょ濡れになっていることに気付き、バックパックの横のポケットを探る。下着とタオルを取り出すと、辺りを見回し森の木陰に走って行った。
すっかり着替え終わって出てきたときには幾分すっきりした表情になっていた。
ぎこちなく歩いてくるのは革靴にたまった水がグチュグチュと気持ち悪い音をさせているせいだ。
バックパックの前にしゃがみこむと、今度は底の部分から黒地に白と黄色の線の入った靴を取り出した。革靴と一緒に脱ぎ捨てた靴下も新しいものと取替え、靴も履き替えた。
【SAVE】