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衝撃  作者: 木崎 るか
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【CONTINUE】 馬の耳に念仏

ミツシに言われ西の泉へと向かったキト。現われたのはアホのように歌い続ける男…。ショックを受けるキトと転がり落ちてきた男の初・顔合わせ。

 キトが力なく座り込む目の前で、男はざばざばと泉から出てくる。

 黒の上着に黒いズボン、黒い革靴という姿である。村人が身につけているものとは随分仕様が違っていた。

 街で見かける、貴族が身に付ける衣服と類似しているが、それにしては華やかさにかける。

 いうまでもなくずぶ濡れの全身からは大量の水が足元に水たまりをつくっていた。


「えいっくしょいっ、こんちくしょうめぃ!」


 盛大なくしゃみとオヤジのようなセリフを吐きながらびしょ濡れの上着を脱ぎ捨て、シャツも脱ぐと丸めて絞る。

 搾り出される水の量にうへぇと顔をしかめ、ばんばんと手荒にシャツを振ると辺りを見回した。

 視界に入るのはあまりにも現実離れした景色。

 見た事もない雄大な自然。

 澄んだ空気。

 ビルも住宅も、舗装された道路も何もない。

 迫り来る緑、緑、緑。

 体が自然に飲み込まれそうだった。


「…どこだ? ココ」


 唖然あぜんと呟く。

 それもそのはず。

 みはられた瞳に映る景色は、見慣れた街の景色とはあまりにもかけ離れている。

 街の地図を思い浮かべたが、どこにもこんな森は存在しなかった。

 勿論、泉も。

 それでもまだ、ココが日本で、地球上のどこかであるということに疑いをもつことはなかった。


「西の泉だ」


 下のほうから答える声に、やっと人の存在に気付く。麻のような生地の服を着た少年が泉の端に座り込んでいる。小学生くらいだろうか? 貫頭衣かんとういのような服を着ている上に色素の薄い茶色の髪、瞳の色は水色、と生粋の日本人でないだろうことは見て取れたが、言葉が通じるので気にもとめなかった。


「? 西ってなにを基準に西?」


「私の村だ」


―――村??


 首を傾げる。近所に村があっただろうかと。


「村の名前は?」


「ウマクイヤ」


 少年が言うのにさらに首をかしげる。


「馬食い屋? 上手く嫌? ウ、巻く意や? はぁあ?? そんな村あったか!?」


 どう変換してみても脳内辞書の検索にヒットしない。


「違う! ゥ・マ・クァ・イ・ヤ、だ」


「馬飼い屋ぁ? どうでもいいよ、そんなこと。それよりお前、名前は?」


 正しい発音で教えたというのに、自分から聞いておきながらどうでもいいとは何事だ。

 怒鳴りつけたいのをぐっと我慢してキトが名乗る。

 多少声が不機嫌になってしまったのはしかたがない。


「キト。…お前は?」


「マコト、柘植マコト。下の名前は何?」


「した?」


「水戸って苗字だろ〜?」


 話しながらマコトは手にした服を身に付けはじめる。肌に張り付く感触が不快なのか、気持ちわりーと顔をしかめて。

 前ボタンはあけたままだ。

 気温はさほど低くはないが木の枝が日の光を遮っているせいか肌寒い。着替えなければ、風邪をひいてしまう。


「ミトじゃない。キ・ト、だ」


 聞き間違いしているマコトに正しい名前を告げるがそのマコトはカチャカチャとベルトを外し、ズボンの中を確認して情けない顔になった。


「うへぇ〜、パンツまでびしょびしょかよ、まいったな」


「人の話を聞けーー!」


 キトの怒鳴り声が森に木魂した。


()ってぇ〜」


 突然の怒声にキトに近いほうの耳を押さえて、うずくまる。

 大きい声を出したキトが慌てて覗き込むと黒い瞳の縁をうるうると潤ませてマコトが睨みつけてくる。

 キトは息を飲んだ。

 黒髪は珍しくないが、瞳の色も黒というのは珍しい。というより、見たことがなかった。

 黒い瞳は吸い込まれそうなほどに、深い。


『イビツナモノ』


 ミツシの言葉が思い出される。


『ココには存在しない者』


 あれは、一体どういう意味だったのか。

 ゴクリと喉が鳴る。

 マコトの瞳を凝視して固まるキトに、マコトの空手チョップが炸裂した。


 ゴスッ


 思わぬ衝撃にキトの眼が飛び出る。

 くぅ〜とうずくまるキトを、立ち上がったマコトがふふんと鼻を鳴らして見下ろした。子供相手に大人気ない。などとは間違っても考えない男だった。

 こちらも痛みに瞳を潤ませ、キッと顔を上げたキトが森のほうへと駆け出す。とうとう嫌になって逃げ出したのかと思いきや、くるりとUターンし勢いよく駆け戻ってくる。瞳が復讐の炎でメラメラと燃えあがっていた。

 助走をつけた体はグングン迫り、マコトに近づいてくる。


 タッ


 走り幅跳びの要領で踏み切ると、地上から1メートル上空を滑るように吹っ飛んできた。事態を把握したマコトがジリと後ずさるが背後は泉。

 げっと思った瞬間、腹を抉るような衝撃に体はくの字に曲がりふっとんだ。


「っごふぅ」


 キトの足の裏が見事にマコトの腹を捕らえていた。

 泉の縁にスタッと着地を決めたキトはそれこそ泉に沈んだ男を見てふふん、と鼻を鳴らした。


                            【SAVE】

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