【CONTINUE】 西の水使い
猟師・コッカーが拾ってきたものをミツシが視る。ミツシの力とは?
木の真下。
家とつながる部分の扉を閉めたので一切の光がなくなった部屋の中、ミツシとキトはいた。
ミツシは部屋の中央でキトが扉を閉めるのを待つように佇んでいる。術を行っている最中に部屋に人が入ってくるのを防ぐため、小さいカンヌキをかけておく。
村人ならば扉が閉じているのをみればムリに踏み込んでくることはないが、万が一ということもある。
カタリとカンヌキをかける音が合図だった。
「はじめるよ」
ミツシは短く告げると慣れた手順を踏む。
北の小部屋から持ち出したひょうたん型の小瓶を手にし、土の地面に中の液体を慎重に落としていく。
地面には『白く輝くもの』が置かれている。それを避けるように液体は地面に落ちた。
規則正しくトットットッと瓶をたたくことで適量を地面に降らせていく。
キトはその様子を部屋の片隅で見つめている。暗闇に目がなれてきたおかげで、どうにかミツシの姿が視認できる程度には見えていた。
ミツシが小瓶の蓋をしめ袂に転がす。目を閉じると顔の正面で合わせた手を胸元まで下ろし、右の指先を手前に引き、左の指先を前に出すことで手を組む。組んだ手をゆっくり前方へ出しながら手のひらは地面へと向け、両手の親指と人差し指でちょうど三角形を描く形で動きを止めた。
間もなくミツシの足元に変化が現われた。
『白く輝くもの』を囲むように、円状に等間隔に並んだ六つの点が青白い光を放ち浮かび上がる。
そのうちの三点が線によってつながり三角の形を成すと、それに重なるように逆向きの三角形があらわれた。さらにそれらを囲むように二重の円が内側は左回転、外側は右回転の順に描かれた。
光は成長の早い蔓のように地面を這い、細い線は縦横無尽に広がりをみせていく。光が部屋全体を覆うと部屋の温度がにわかに下がる。
ミツシの額の六つの石が、呼応するかの如く光を放つ。普段は透明な薄い水色の石が、色を深めている。
一瞬のうちに青白い光が柱となりミツシの手元まで伸びた。と、すっと『白く輝くもの』が自身の重さを忘れたかのように持ち上がる。
ミツシの手と地面をつなぐ柱の中央でそれは止まった。柱は水をたたえているかのように澄んだ青色をしている。
揺らめく水中に木の葉が漂うように『白く輝くもの』はゆらゆらとその身を泳がせていた。
「近くにいる。…森が騒いでいるのもそのせいだね」
ぼそぼそとひとりごちるミツシの開いた瞳はやはり青白い光を放っている。
いつもは光のない瞳に何が映っているのか。
「やがて落ちてくる」
託宣のように響く声をキトは黙って聞いていた。
「イビツナモノ」
「イビツナ、モノ?」
問い掛けるつもりはなかった。耳なれない言葉に、言葉の持つ意味に、思わず表情が強張り、畏怖を含んだ声がでてしまった。
「恐れずともよい。形は人。性は雄。不思議な力を持っておる」
振り返りもせず言うミツシは、声からもすっかり表情が抜け落ちている。語尾の調子が変わっているのが視ることに集中しているなによりの証拠だ。
「イビツとは?」
「『ココには存在しない者』」
「どういう意味でしょうか?」
「西の泉へ行け」
ハッキリとした口調で告げると、ブワッと網のように張り巡らされた青白い光が霧散した。
途端に真っ暗な闇に飲み込まれる。
「わかった?」
衣擦れの音が振り返ったことを教えてくれていた。
いつもとかわらぬぽややんな口調でミツシの声が聞こえてくる。
この人はこういうところがある。自分はなにもかも視えているくせに、それは言わずに答えを導きださせようとする。はじめは試されているのかと思ったが、どうやらそうではなく単に言葉が少ないだけなのだということに気付いたのは最近のことだ。
それも重要な言葉が足りてないんじゃないかと思うのは、己の経験不足のせいか。キトは大いに迷うところだった。
付き合いは長くないが、昨日今日の付き合いでもない。慣れとはおそろしいもので、そんな不可解なことばさえなんとはなしに通じてしまうことにキトはまだ気付いていない。
「…仕度を」
カンヌキを外し扉を開けると、朝の陽射が部屋全体を包む。闇になれたキトの目に、この明るさは厳しい。ミツシは構わず出るとテーブルに置いたままになっていた袋に『白く輝くもの』をいれキトに差し出した。
「これも持っていったほうがいい。その人の持ち物だから」
断定的に話すミツシにキトは疑念を挟む余地もない。挟む必要性も感じていないのでそこは問題ないだろう。
黙って頷くと袋を受け取り、西の泉へ行くための準備をはじめた。
【SAVE】