【CONTINUE】 世は情け
嫌な予感はアタルもの。
それは土煙をあげながら近づいてきた。
起伏があるとはいえ見通しのいいひらけた土地である。
コケーッとけたたましい奇声をあげながら猛スピードで駆けてきたのは、鳥。
「なんだありゃ」
鳴き声はニワトリのそれなのに違う、絶対に違う!
デカサがまず段違いだ。
土煙を上げながら疾走してくるその姿は、まだ随分離れているのにはっきりとマコトの目にも見えていた。
「ズィンギーだ。……人が乗っているな」
ズィンギーは前傾姿勢で長い首をこれでもかと伸ばしマコトたち目指して突っ走ってくる。
コッカーがいうとおり、背中にはしがみつく人の姿があった。
しかも、それぞれ武器のような鈍い光が手や背に見え隠れしていた。
近づくにつれ小走りとなり首を起こしたズィンギーの姿は、予想をはるかに上回る巨きな鳥だった。
あっという間に三人と対峙した男たちはズィンギーの背から三人を見下ろしニヤニヤと下卑た笑いを顔に浮かべている。
男たちの数は九人。
乗られているズィンギーがかわいそうなくらい逞しい体つきをしている。
どの顔も不精髭をはやし、とうてい清潔さを保っているようにはみえない薄汚れた衣服に身を包んでいた。
先ほどからちらちら見えている武器にしても、兵士が使うような長剣でもなければ旅人が持つような中長剣とも違う、主に見た目重視、威力重視の荒事向けの武器が多い。
その様子からいってもただの通りすがりでないことは一目瞭然だった。
「子供が三人でお使いかぁ」
揶揄うように一人の男がいうのにどっと笑いが沸いた。
なにせ相手は子供がたったの三人。
脅せば簡単に屈するものと思っている。
自分たちの優位を少しも疑わないふてぶてしい態度で持っているものを全て差し出せという。
―――嗚呼、なんてお約束。こいつら盗賊か
途端に腰の剣が存在を主張し始める。
抜くことなんて考えもしなかった。
剣を振るうということがどういうことかも解らない。
しかし相手が武器を持っている以上そういうことも想定されるのだ。
マコトが腰の剣に手を伸ばす。それに気付かないはずはないのに男たちは余裕の表情で見下ろしている。
子供の剣など恐れるに足らんと思っているのは明らかだった。
「痛い目みたくなかったら――」
男が調子よくおきまりの文句を口にしている最中。
空気をよむことなく、一人の男が行動を起こした。
恐る恐る買い与えられた剣の柄を握りしめ、抜くべきか抜かざるべきかと躊躇していたマコトの耳にその声が飛び込む。
「動くな。剣も必要ない」
普段となんら変わりない声音だが、やや早口なそれにびくっとそちらへ首を回すと視界がぶれた。
ぶれたと感じたのは、おそるべき速さでコッカーが地を蹴り賊の方へと飛び出したせいだ。
賊の方を振り返ったとき、既に鳥の背から二人の男の姿が消えていた。
辺りを見回したところで隠れられそうなところは無いし、ズィンギーという名の巨鳥は足が速く逃げたところですぐに追いつかれるのが関の山だろうけど。
―――こういう場面では、隠れてろとか逃げろっていうのが定石なんじゃないか?
などと呑気に場違いなことを考えていられるのも、男たちの注意がすべてコッカーに向いているせいだ。成す術もなく賊は巨鳥から叩き落とされ地面に懐いている。
更に立ち上がろうとする奴等を相手にキトが袋を振り回し、モグラ叩きの要領でぼこぼこばんばん殴っては強制的に地面と仲良くさせていた。
何をいれているのかやけに重そうな音が響く。
対処の仕方はずいぶん違うがなんとも連携のとれた動きである。
それにしても、やはりコッカーは只者ではなかった。
巧にズィンギーの間を駆け、男たちが力任せに振るう武器を軽く身体を捻り避けると一瞬で人の背ほどもあるズィンギーより高く飛びあがり、賊の顔へ腹へと強烈な一撃をおみまいしていく。
山中で二人を両脇に抱えて走ったことといい、いま目の前で逞しい男たちを相手に引けを取らないどころか軽々とあしらう様は、常人離れしているなんて言葉で表していいものかと悩むほどだ。
しかし、猟師ってこんなに強いものなのか? 盗賊よりも?
いやいやと頭をふる。
「コッカーの身体能力は出鱈目過ぎるだろ」
自問自答しておいて、釈然としない顔で呟くマコトの傍に、争いの場から逃れるようにでてきたズィンギーが近づいてきた。乗り手を失った鳥の手綱を掴み、マコトの胸に懐いてきたその頭を撫でた。
近くで見るとなかなか可愛い。
黒目で大きな瞳。
長くくるんとカールしたまつげは瞬きのたびにばさばさと音がしそうだし、歩くときには邪魔になるのだろう首はSの字に折り曲げている。
首をなでてやると目を細め、一体どこを鳴らしているのかぐろうぐろうと気持ちよさ気に鳴くそのたびに手が振動を感じる。
そんなほのぼのとした空間を争いの場の一角に形成していたマコトの目の前をまた一人、コッカーの振るう斧の餌食になった男が吹っ飛んで行く。
―――斧っ!?
ギョッとコッカーが手にしたものに目を奪われたが、ああと納得する。
賊が振り回していた斧だ。
それがいつの間にやらコッカーに奪われその手に握られていた。しかも当然のようにズィンギーを駆り、乗り回している。
恐るべき猟師だ。
手にしたそれはひどく巨大で戦闘用に作られた戦斧。
持ち手がバットのグリップのようにヘコみ、刃の茶色い染みはおそらく、血痕。
―――んぎゃっ! 俺ってばそういうの苦手よー!!
こんな調子でよくも剣に手を伸ばしたものだ。
剣を振るえば血が流れる。
そんな当たり前のことがわかっていなかった。
いや、わかってはいても、現実として目にするのと想像ではまったく違う。
ここにきてようやく恐怖にぞわりと肌が泡だつ。首をすくめ目を逸らした先では、キトによって沈められた男が血の池に沈み込んでいた。
―――ぼぼぼ、撲殺!
ぎょっとズィンギーに抱きついたマコトだったが、死んではいない。
マコトの位置からでは頭から流れ出ているように見えるそれは、大量の鼻血だ。
痛々しい呻き声を上げ血を流す男達のおかげで、のどかな草原があっという間に凄惨な現場に早変わりである。
それを作り出したのが猟師と村人というところがなんの冗談だといいたくなるところだが。
最後まで残っていた首領格の男が足掻くその背に、トドメとばかりにズィンギーの背から斧が突き立てられた。
刃先が横になっているので刺さりはしない。
しかし、どう軽く見積もっても三十キロはくだらないそれが、人を軽々持ち上げるコッカーの腕力によって十分な高さから振り下ろされたのだ。
丸太のような胸筋でもとうてい受け切れるものではない。
蛙が潰れたような声を上げて、男は地に這う事となった。
「こいつらどうするんだよ」
伸びてしまった男たちをみてマコトが質問するのに、ズィンギーから降りたコッカーが武器を処分するため草原の一部に穴を掘りながら答える。
「放って置いて問題ない。少し離れたところに森がある。片付けるのに支障はない」
―――そうか、森があるのかぁ…………………………もっ!?
納得しかけて慌てて頭から危険思想を追い払う。
森があるからどうだというのだ!
危険!危険!危険!危険!
思考が毒されてしまう。
しかも片付けるって何さ!
解りたくないが解ってしまった。
森 = 危険生物の巣窟
危険生物の巣窟 + 怪我をして縛られた男たち
導き出される答えは
―――餌っっっっ!!!????
「支障ありまくりだっての!」
訳が分からないといった風情でキョトンと見つめてくる二人の視線にマコトが脱力する。
―――揃いも揃ってこいつらは!
いくら犯罪者だからって獣の餌にってのは極端に過ぎると主張するマコトに、危険を冒してまで連れて行く必要は無いという二人。
結局は折衷案によりアルサの街についたら役人を派遣してもらうことにして、当座の檻をキトが用意することにした。
コッカーによって一箇所に集められた男たちの前に立ち、キトが水石を使って術を行使する。
打ち合わせた手の間から噴出した水が、凄まじい勢いで男たちを包み込み形を変えた。
出現したのは犬のゲージのような水の檻。
キトが水石を使った姿を目の当たりにして、これが水使いの術なのかと感心する。
ミツシも何度か術を使ってはいたのだが、あまりにも自然にそれを行うので、地図を見せてくれたときに飛び散った水くらいしか印象に無い。
こうして大量の水が空中を走り、檻を形成するのをみれば素直に感嘆の声がもれるというものだ。
「これでよし」
ふぅっと肩の力を抜いたキトの隣でマコトが心配そうに檻を見る。
「こんなんで大丈夫か?」
感心はしたものの、水の檻はなんとも儚く頼りなげに見えた。
簡単に通り抜けることが出来そうだ。
「破ることはできないよ。下手に触れると溺れ死ぬことになるから」
マコトの疑問にさらりと物騒なことを言ってのけた。
「逃げようとしなければいいんだ。アルサの街で役人に開け方を教える。それでいいだろ」
再び殺すのは駄目だの何だのと騒ぎ出したマコトを宥めるとコッカーを振り返った。
二人が言い争っている間に武器の廃棄は終わったらしい。コッカーは二人の言い合いが終わるのを待っていた。
「予定より早く着けそうだな」
そう言ったコッカーの手には、ちゃっかり三羽のズィンギーの手綱が握られていた。
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