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衝撃  作者: 木崎 るか
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【CONTINUE】 午前6時20分 起床

聞きなれたベルの音。マコトはいつもと変わらぬ朝を迎えた。

 けたたましく鼓膜を叩く音にぱちりと目をあける。

 ベッドから飛び降り、部屋の戸近くに置いた目覚ましのスイッチを通り過ぎさまOFFにして部屋を出た。

 二度寝するおそれはまず無いのだが、どうせ通るのだからとこんなところに置いている。

 二階の間取りは八畳が三部屋とバス・トイレ、ウォークインクローゼットだ。

 東から順に両親の寝室、(マサミ)の部屋、マコトの部屋と並んでいた。ウォークインクローゼットはマコトの部屋の前の廊下を通り過ぎた突き当たりに位置する。

 バス・トイレは階段を上がってすぐのところだ。

 父親はラッシュに巻き込まれてはたまらんと、二時間近く余裕を持って家を出るのでとっくにいない。

 母親もそれに合わせて起きるので、既に階下で兄弟二人の朝ご飯とマコトの弁当を作っているところだった。

 家を出て右に向かえば徒歩5分でマコトの通う高校がある。逆に向かえばやはり同じ様に、歩いて5分の距離にマサミの通う中学がある。中学に通うマサミは、いまだ隣の部屋でグースカと寝こけているはずだ。性格は大雑把なマコトに対し几帳面なマサミだが、寝起きに関してはマコトに軍配があがる。

 そのマコトはまったく眠気を感じさせない足取りで着々と仕度を済ませるべく、トイレで用をたし、洗面所に向かっていた。

 ヒゲはまだ生えていないのでポンプ式の洗顔を一押しして手早く洗顔を終えると、棚から歯ブラシを取り出しシャカシャカと軽快に磨き、すすいでニッと白くなった歯を確認する。

 廊下に出て自室の前を通り過ぎ、ウォークインクローゼットに入ると黒の学ランに着替えた。

 中学校がブレザーだったせいか、詰襟(つめえり)の部分がどうにもまだ身体に馴染(なじ)まない。

 一度上まで留めたが襟部分のホックは外し、おまけで第一ボタンも外しておく。どうせ学校へ着いたら部活用ジャージに着替えるのだ。

 柘植(つげ)家には洗濯物を各自の部屋に収納する習慣が無い、そのため部屋で着替えをすることができないのだ。理由は母親が面倒がって、洗濯物をすべてウォークインクローゼットに収納してしまうのが原因だった。

 だからというわけではないが、マコトの部屋のクローゼットはゲーム棚と化していた。

 バックパックに部活道具一式と着替えの服を詰め込み部屋に戻る。充電しておいた携帯と、机の上に置きっぱなしになっていたペンケースもバッグに投げ入れた。

 学生鞄は教科書、ノート、参考書だけでいっぱいだ。ペンケースをいれる余裕も無い。

 二つになった荷物を担いで階段を駆け下りると、台所ではいつものように母親が弁当を包んでいる最中だった。


「おはよう」


 声を掛けると同じ様に挨拶を返した母親がトーストしたパンの皿をテーブルに置く。

 朝は基本的にパンが多い。

 プレートにはスクランブルエッグか卵焼き、その横にベーコンかウインナー、付け合せはサラダの時もあるが、今朝は作り置きできるピクルスが色を添えていた。そして、他人がみたら首を傾げそうだがこのメニューの横に味噌汁が並ぶ。

 テーブルはスルーして買い置き用の棚を(あさ)りにいく。育ち盛りの男子が二人もいれば買い置きの量も半端ない、菓子パンと惣菜(そうざい)パンが二段に区切られた棚の中、大量に詰め込まれている。適当に取り出すとバックパックに投げいれた。

 バックパックは中学のときから愛用しているものだ。

 コンパクトに見えてかなりの容量がある。

 上部以外の全ての面にある収納は、どこに何を入れているかさえ把握しておけば取り出すのが簡単だし、何といってもシューズとラケットまで収納できるところが特に気に入っている。

 硬式用とはいえ軽いフレームなので、ラケットを二本入れていてもさほど重くは無い。いまも二本のラケットが、グリップ部をのぞかせてバックパックの背面に収納されていた。

 パッと見た感じカブトムシっぽく、愛嬌(あいきょう)があってカワイイ。


「今日も朝練?」


 冷蔵庫から取り出した野菜ジュースをコップに半分ほど注ぎ、閉めた冷蔵庫の扉に寄りかかってそれを口に運びながら母親が気だるげにマコトを見た。

 彼女は朝に弱い。

 仕事まで余裕があるので化粧はおろか、まだ着替えもしていない。

 息子二人を送り出した後で二度寝するのが彼女の習慣だ。

 時にはマサミが起きてくるのを待たずにベッドに入っていることも少なくない。そんなときは決まってテーブルにメモが置いてあり、部屋の前には『入るな危険!』の札が掛けてある。

 父親が随分以前にプレゼントしたものだと聞いている。マコトが物心ついたときには既にあったのでかなり年季がはいっていることは確かだ。


「もご」


 マコトが返事らしきものをした瞬間、口から飛び出したパンの欠片(かけら)を見て一瞬、しまったと顔をしかめた母親が片手で顔を覆う。


「私が悪かったわ。食べてるときに話し掛けたりして…」


 別に悲しいわけではない。呆れているだけだ。

 顔はマコトの方が似ているのに、性格はマサミに遺伝したらしい。

 マサミが『…』を多用するのは、この母親の性格を受け継いだからに違いない。

 時計の針とにらめっこしながら朝食を終えたマコトは食器を流しに運び、慣れた手つきでザッと洗うと乾燥機に入れた。これをやっておかないと、後でとんでもなく酷い目にあうことを経験上知っていたからだ。

 始業ぎりぎりまで寝ているようなマサミですら、食器だけはきっちり洗っていく。

 キッチンに母親の姿は既に無い。

 野菜ジュースの入ったコップを空けると、ナマケモノのような動きでメモを書き、マサミの朝食の横にそれを置くと足音無く二階へと消えていった。いうまでもないが、寝直すためである。

 いつものことなので気にも留めず弁当をしまい、一緒に置かれていたステンレス製の水筒をバックパック側面の網にセットして玄関へと向かう。

 革靴を履きながら腕時計に視線を落とす。

 分針が振れ、ちょうど文字版の7を指すのを見てニヤリと口の端をあげた。

 予定通りだ。

 マコトが所属しているテニス部の朝練が始まるのは七時十五分からである。三十五分に出たところで四十分には学校に着く。

 着替えるのに五分、ボールなどを準備するのに十分、当番制なのでネットは張らない。先週マコト達(当番は二人で行なう)はやったばかりなので当分順番はまわってこない。

 諸々の準備も本来ならば当番の人間がやるのだが、ボールと練習場の一部を朝練が始まる時間までは自由に使っていいという交換条件のもと、キャプテンと話はついている。

 つまり単純に計算して二十分は自主練ができることになる。

 誰よりも先に行って練習を始めるマコトに、人一倍向上心があるというわけではない。

 マコトがテニスを始めたのは小学校の頃、元はといえば母親が付き合いで通っていたテニスクラブに遊びに行ったのがはじまりだった。

 大人たちにまざって身体に対してかなり大き目のラケットを両手でしっかりと握りしめ、ボールを追いかけた。

 打っては誉められ、相手コートに返しては誉められ、サーブを決めるようになるとまた誉められた。

 つまりは何をしても誉めるられるのである。

 子どもにしてみればこれほど嬉しく楽しいことは無い。週に一回だったクラブ通いが二回、三回と増えていったのも当然だった。気がつけば日課のようにラケットを振るようになっていた。

 そのせいか、運動量が不足しているとどうにも目覚めが悪いのだ。

 自慢ではないがマコトの通う高校のテニス部は強くはない。はっきり言ってしまえば、弱小だ。

 公立高校にありがちな、文武両道を掲げているおかげで全生徒に運動への入部が義務付けられてはいるものの、どの部も全国レベルに達しているものはない。

 その中でもテニス部は特定の顧問がいないのをいいことに幽霊部員の温床となっている。

 上下関係も緩い。

 だからこそ通せる我儘でもあった。


                            【SAVE】

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