【CONTINUE】 間違い電話
やっべ、電源入れんの忘れてた。慌てて携帯を手にするマコト。慣れた手つきで携帯を操作する。接電されたのは…
『いょう、どしたい?』
接電された途端、威勢良く耳に飛びこんで来た声は、弟・マサミの声よりやや低く、テンションはかなり高め。その声の主は、当然マコトはよく知った男だったが、ある意味思いがけない人物でもあった。
「れ? 平次?」
目を丸くしてマコトが名を口にする。
『……』
「……」
互いに沈黙の後、やっちまったな、と反省のカケラもない感想を抱くマコトの耳に届いた声には、恨めしげな響があった。
『マ〜コ〜ト〜、また間違えたな〜』
「わりわり、間違ったわけじゃねーよ? マサミに架けたつもりだったんだよ」
覚えているつもりなのだが、なぜかマサミと平次の短縮を間違ってしまう。
よく架けるからといって1と2に設定したのは失敗だったかもしれない。
兄貴は注意力散漫なんだよ、せめて誰に架けたかディスプレイ見りゃわかるんだから確認しろ。とマサミに耳にタコができるほど言われているというのに懲りる様子もない。
そして、マサミ同様被害にあう確率の高い平次からも多少不機嫌な声が出ていた。
『だから、それを間違ったっていうんだろうが、認めろ』
「平次くぅん、そんな怒んなよ〜、俺とお前の仲だろ〜?」
『キモイんじゃ!』
「冷た!」
容赦ない台詞をはく幼なじみにツッコミを入れるが、こんなやりとりもいつものことだ。
2軒隣に住んでいて、それこそ母親の腹の中にいるときからの付き合いだ。
幼稚園をともにし、更に小学校、中学校とともに通った。
高校受験を機に道は別れるかと思われたが、何の因果か因縁か未だ腐れた縁は切れそうにも無い。
『そういや今日、お前学校来てなかったろ?』
「ぬぉっ!?」
平次が尋ねるのに不意に過ぎった弟の怒り顔。
元々、電話をする相手がいたことを思い出した。
「あちゃ〜、悪ぃ平次、いまゆっくり話してる暇ねんだわ。詳しくはマサミに聞いてくれぃ」
言って、一方的に電話を切る。
切られた平次は「ったく〜」と虚しく聞こえてくる切電の音に、携帯をOFFにした。こっちは夕飯の支度の途中だってのにとぼやく暇もなく、弟妹のお腹すいた〜の合唱が聞こえてくる。
彼ほどエプロン姿の似合う男子高校生はいないだろう。
マコトは今度こそ慎重に「2」を押して発信ボタンを押す。
『遅いぞ!』
接電された途端怒鳴られて、思わず携帯を耳から離した。予感的中。
「喚くなよ、聞こえてるっての」
『そっちはどんな様子だ』
心配というよりも状況確認といったカンジで尋ねてくるマサミにへにゃりとマコトの顔が崩れる。
「マサミ〜。お兄ちゃん、異世界に来ちゃったよ〜」
なんというか、見事にダメダメな兄貴っぷりである。
『……』
「なんか言えよ」
無言の弟に、兄が普通モードでつっこみを入れる。
『自分のことお兄ちゃん言うな。…サブイ』
「ぅおーい! 異世界に来ちまったお兄様に対する第一声がそれかいっ!?」
憤るマコトをよそに、そんなことより、とため息混じりに話題の転換を図る。
『進展はあったのか』
マコトの異世界発言はマサミの予測の範疇であったらしい。対して驚くこともなくサクサク話を進めてくる。
GPS機能を使って確認したマコトの場所が家から移動していないことや、送られて来た動画、見慣れない衣服を着た少年、さらには学校から帰宅して家の中をくまなく探し回ったがマコトの姿はなかった。
これらのことから導き出された、いくつかの可能性のうちの一つではあったが、現実はマサミの予測を裏切ることはなかった。
世の中には情報が溢れている。
科学だけでは解明できない謎だって、この世には星の数ほどあることだろう。
異世界。
それは科学で証明されていないから、という理由だけで予測から外すことは、マコトの置かれた状況から推測した結果、到底できないことだった。
どこまでも冷静に訊いてくるマサミに、鼻をほじほじマコトがこたえる。
「進展、ねー」
その異世界に足を踏み入れてしまったにしては、人ごとのように呑気な声でマコトが考える素振りをみせる。
「とりあえず、森から村に移動した」
『兄貴、…自分の状況わかってる?』
端的に説明するマコトに思わずマサミの眉間に皺が寄る。
よほど元の世界にいるマサミの方が真剣味があった。
マサミの声の調子にどす黒いなにかを感じ取ったマコトが慌てて弁解する。
「つっても、言うほどのこともねーんだって。お前に送った写メ撮った場所が西の泉ってとこで、そっからウマカイヤって、キトの住んでる村に移動した。んで、キトの師匠とかっていうミツシ様と今3人仲良く食事中〜、そのメシが美味いのなんのって。あっ、そういやこの世界ってさ、変わってんだぜ」
『…どんな風に』
もっとマシな情報はないのか、と根気強くマコトの話に耳を傾ける。
「なんか、え〜と、いくつかの階層に分かれてて、太陽がいくつもあって、変な生き物がいる!」
不意に思い出した目玉オヤジ、、、もといメディマージの姿にぶるっと身体を震わせた。
もっと、もっとマシな情報はないのか! そう怒鳴りたいのを我慢して、マサミが感情を抑えた声で問い掛ける。
『…帰ってくる手段は?』
「知らん」
『いい加減にしろよ』
躊躇なく返って来た声にマサミが静かにキレた。
携帯電話から黒いオーラが溢れそうな不機嫌さでマサミが唸るが、所詮アッチとコッチでは手は出せないことがわかっいてマコトは更に飄々と言い返す。
「んなこと言ったって、どうやってコッチに来たのかもわかんねーし」
頭を掻きながら視線を飛ばすマコトに再びマサミは深いため息を吐いた。
『…さっき、石坂のおばさんが来たよ。兄貴の学生鞄を届けてくれた。川の傍の道ばたに落ちてたって』
マコトと平次の家の間にあるのが石坂家だ。
石坂のおばさんとはいっても、4才になる娘・小枝の母親で二十代後半の女性である。
靴を履きかえるのが面倒だ、とよく平次の家への行き来に石坂家の屋根を使用させてもらっているのだが「転がり落ちないように気をつけてね」と叱るでもなく逆に心配するような、おっとりとした女性だ。
『兄貴とは関係ないかもしれないけど。今朝、小枝ちゃんがその学生鞄の傍で倒れていたらしい』
「小枝ちゃんが?」
『ああ、外傷はなかったけど、意識が戻らないらしい。病院に連れてって精密検査したけど、原因はまだわからないってさ』
意識が戻らないと聞いて、事の重大さに言葉が出ない。
『なにか、心あたりある?』
心あたりといわれて、ようやく今朝のことを思い返してみるマコトであった。
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